図書館1(小説)

□君の望み
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「来いよ、岬。」
固まったままの岬に声をかける。手早く衣服を整えた岬を、そのまま俺の部屋に連れ込んだ。
「ここ若林くんの家だったんだ。」
「ああ。」
「…びっくりした。」
「俺もだ。恐かったか?兄貴に変なことされてないか?」
「…大丈夫。」
微笑む岬の首筋には、くっきりと紅くキスマークが散っている。
俺は視線をそこから引き剥がした。
「身体が気持ち悪ければ、俺の部屋のシャワーを使ってくれ。後で家まで送る。」
岬が驚いたように俺を見る。
「若林くん、サッカーしてる時と全然違うね。」
「岬もな。」
艶めかしい。見とれてしまうほどだ。
「…僕、若林くんに買われたの?株4%って何?」
「いや、俺の物にしたわけじゃなくて、兄貴から手を引かせただけだ。金を使ったのは確かだけど、正確な金額は俺も知らない。」
知ってても教える気はない。
俺はわざと話題を変えた。
「岬ってさ、ああいうことするの慣れてるだろ。」
一瞬の沈黙。
「…うん。わかった?」
「何となく。」
初めてだったら、あんなに艶っぽい声は出ない。
「芝居してるのか?」
「少し。」
「何で?」
「…相手が喜ぶから。そのほうが、僕に優しくしてくれるし。」
岬はいつもの笑顔のまま、とんでもない内容を口にする。
「恐くないよって言って僕を抱く人は、少し怯えてみせたほうが喜ぶもん。」

『どこでそんな色っぽい声を覚えてきたんだよ?』

…なるほど。

「いつから?」
「さあ?物心ついた頃にはこうだったし。」
母は生まれてすぐの僕を捨てた。父は僕を顧みなかった。
岬は淡々とそう語る。
「他人の親切を受ける事は僕にとっては死活問題だったから。裸にされたり、身体を撫でられたりするだけでご飯が食べられるなら、それでいいと思ってた。何をされてるか解ってなかったし。…今は解ってるけど。」
返事はできなかった。
岬は俺を見つめる。
「…僕の事、軽蔑した?」
「いや。俺はしないが、あんまり人には言うなよ。」
そのせいで岬が誤解されたり、利用されたりするのは、なんだか嫌だ。
「うん。こんな事を誰かに言ったの初めてだよ。たぶんもう誰にも言わない。」
何となく解っていた。
兄貴に組み敷かれた岬があまり嫌がっていない事は。あの時岬を助けたのも、岬の為というより、自分の為だ。嫌だった。見ていたくなかった。
「岬。兄貴に連れ込まれたのは、夕飯が目当てか?」
「そうだよ。あと、できれば泊まりたかった。家に一人でいるの好きじゃないんだ。」
「じゃ、俺とメシ食おうぜ。で、この部屋に泊まっていけばいい。」
「いいの?」
「いいぜ。そのかわり、俺と寝てくれるか?」
岬の動きが一瞬止まる。
俺は岬を強引に抱き寄せ、おとがいを持ち上げた。
くすりと笑う。
「俺の事、軽蔑した?」
答えはわかっている。
だから返事なんか待たずに、唇を合わせた。
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