宝物部屋(戴き物小説)

□雪山
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「ドイツの冬は格別に寒いね」
時は冬、場所はドイツの拙宅。せっかく来てくれた日に外は雪。ソファーの来客は、嬉しそうにホットミルクを飲んでいる。
「ああ、そうだな。フランスとは気候が違うな」
岬の言葉に同意する。
 ドイツの冬は本当に寒い。年中冠雪の富士山の麓とは言いながら、南葛市は温暖な気候なので、初めての冬は雪が珍しかった。そこから寒さに慣れるのも大変だったが、雪の中で練習している写真を翼達に送ったら、珍しがっていた。森崎なんか、指冷やさないように、と携帯用カイロを送ってくれて、キーパーらしい気遣いが嬉しかった。
「うん。富良野を思い出すよ。冬をなめるなー、って松山にも言われたことがあるよ」
岬さん、何ですか、そのいきなり過ぎるリアル話は。
「…どうかしたのか?」
「ううん、未然だよ。僕ん家暖房器具なかったから、近所でもらった薪ストーブ使ってたんだけど…そんな備蓄もないから、家で凍えそうになってて、松山に保護されたんだ」
さもありなん。相変わらずだが、岬の家は壮絶だ。岬が有名になって、サッカー雑誌にインタビューが載せられる時も、ネタには尽きないだろうが、読者は退く。明らかに雑誌のカラー変わるし。
「…そうか。でも、冬に雪の中閉じ込められたり、はよく聞くぞ」
岬は窓の外を見ていた。暗闇に白い光がちらちら舞う。それを静かに見つめている岬がここにいてくれるだけで、胸の辺りがじんわりと暖かい。誰かと一緒にいるだけで暖かい、なんて岬に会うまで知らなかった気持ちだ。
「岬、寒くないか?」
薄手の上着を岬の肩にかけてやり、そのまま後ろから腕をまわした。
「このまま閉じ込められちゃったら、困るね」
岬は肩越しに俺を見上げて呟いた。
「どうして?俺は困らないぜ。雪山でも岬がいれば良い」
外が寒かったせいか、鼻の頭と指先がまだ少し赤いのが可愛くて、俺は冷たい指先を握り締めた。
「僕はいやだよ。寒いの弱いもん」
「じゃあ、二人で別荘行くつもりが遭難してさ。雪山でな、寝たら死ぬぞ、なんて言って励ましあってさ」
話が長くなりそうなので、ソファーに座り直して、岬の手を握り直して。岬は暖かいのが気に入ったのか、手を握られてもおとなしくしている。
「それで?」
「そのうち、お前が寒いって言い出すから、俺が上着とか貸してたら、今度は俺が寒くなってさ」
「うんうん」
「それで、岬が言い出すの。『体温で暖めあおう』って」

 二人で山小屋に残された毛布にくるまる。かろうじて雪風は防げるが、電気もガスもない粗末な小屋の中、じっとしていると身体の芯から冷えてくる気がする。暖炉には薪は残っているが、いつ助けが来るかも分からない状態では、温存する方が賢明だろう。
 岬に上着を貸したせいで、寒くて歯の根が合わなくなった俺に、毛布の中、くっついていた岬が、小さく俺の名を呼んだ。
「若林くん」
俺は岬を見た。岬は寒いのに頬を真っ赤に染めて、外の風にかき消されそうな、小さな声で言う。
「若林くん、もう良いよ。このままじゃ若林くんが…。だから、お互いの体温で暖めあおう」
顔をそらせて、伏し目がち、こっちを見ないようにしている姿は本当に恥ずかしそうに見える。
「俺は大丈夫だ、気にするな」
俺は断ろうとしたが、岬は立ち上がった。上気した頬に、少し潤んだ瞳で、でも決意した唇はしっかり結ばれていて。俺の見守る中、岬は俺の貸した上着を脱いだ。
「恥ずかしいから、こっち見ないで」
岬の言葉に慌てて向きを変えた。衣ずれの音、床に服の落ちる音。その後には忍びやかな岬の足音が続いた。
「!」
毛布の中が一瞬冷たくなった。岬の肌の感触だと分かった瞬間、俺の体温が急に上昇した。俺も毛布の中で衣服を脱いでいき、岬を抱きしめる。
「岬、寒くないか?」
「ううん。若林くんの身体あったかい」
岬がくっついてくる。服を着ていた時以上に密着して、岬の体温も鼓動も、みんな分かる。岬の鼓動は激しかった。多分、俺と同じくらいに。
「岬、愛してるぜ。こうやってお前と二人でいられるなら、どこだっていい」
「若林くん、僕も…」

 俺はそう続けるつもりだった。雪山に劣らぬ壮大なスケールの愛の物語を感じながら、話し始めようとした時だった。岬は何か不満げな顔をしている。
「えっ!?そこで名犬ジョンが助けに来てくれるんじゃないの?ブランデーとか付けて」
俺の頭の中で、ジョンの遠吠えが響き渡った。こっちがえっ!?だ。まあ、ブランデーとか付けて救助してくれるジョンは少し可愛い。
「何でだよ。ドイツだぜ」
言い返したら、岬は小さく笑った。
「じゃあ、救助に来るの、松山?」
岬〜。それじゃ、二人っきりで遭難した意味がないじゃないか。

 でも、お前と二人でいられるなら、どこだって良いよ。
 雪山で辛そうなお前を見るより、こうして笑ってくれるお前といたいよ。



(おわり)
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