宝物部屋(戴き物小説)

□プロポーズ
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「誕生日になったら、こっちに来いよ。こっちに移って来たら良いじゃないか」
努めて軽い口調を装っても、それは一世一代のプロポーズ。

 冬休みに俺が送りつけた航空券。受験生だから無理、と渋るのを強引に口説いてドイツに来させた。
 最終的には、キャンセル出来ないよう、わざと格安チケットにしておいたのが効を奏したようだ。
「まあ、お誕生日には来られなかったし」
言いながら、手編みのマフラーを首に掛けてくれた。素っ気なさを装っても、ほんのり赤くなっている頬が、会いたかったと囁いているようで、可愛くて仕方なかった。

「どうして?確かに、GWだから来やすいと思うけど?」
俺の腕の中でくすくす笑っている岬。分かっているのか、とぼけているのか、俺はこんなに夢中なのに。
「俺のお嫁さんになってくれませんか、岬さん」
わざと丁寧に、半年年上なのを意識して直球なプロポーズ第二弾。といっても、よその先輩、に敬語を使ったことなどないのだが。
「僕は男だから、16じゃねえ…18まで待ってくれる?」
…本当に分かっているのかとぼけているのか。プロポーズ第二弾さえ軽くかわされてしまう。
「じゃあ、18歳になったら、もう一回プロポーズしてやるからな」
「君が18歳になってからだよ。花婿さん」
岬は少し澄ました口調で言った。俺の腕の中、すっぽりおさまって、甘えるみたいにもたれているくせに、年上ぶっているようだ。

「でも、そう簡単にOKしないよ」
顔だけ振り向かせた岬の口調は、内容と裏腹に優しい。
「高校サッカーの地区予選の日程にバッチリかぶってるんだよ」
岬は微笑んだ。どうやら、ずっと日本にいる気、らしい。
 前に岬が話していた。南葛SCで、一つのチームに長くいる喜びを味わってしまったから、今度定着しちゃったら離れられなくなると思う、と。
 岬だって本当は淋しいのだと気付かされた一瞬だった。
 岬が定住してしまう前に、と何度もドイツ移住を持ち掛けたが、人に頼ることをよしとしない岬は乗ってこなくて。岬一郎誘致計画、なんて本気で考えたこともあった。
 しかし、俺の奮闘も虚しく、岬は日本に帰った。

 …そりゃ下心が全くないと言ったら嘘になる。だが、岬をこっちのクラブに入れるのは、日本サッカーの為、になる。そう自分に言い聞かせて、更に話す。
「なあ、岬こっちに…」
言いかけた俺の唇を岬は指で制した。
「だ・め。君と一緒にいたら、甘やかされてダメになっちゃうから」

 前に岬が言ったことがある。
「僕は、人に嫌われたり、忘れられたりするのが嫌なんだけど…若林くんには何を言っても大丈夫な気がするんだ。ふふ、不思議だね」
俺の前で岬はけっこう甘えん坊だ。会いたいと電話をかけてきたり、電話に出ないとすねたり、普段の岬を知る人は驚くに違いない。でも、そんな風に甘えてくれるのも、何だか嬉しい。こうやって本音で話してくれるのも。
「一人で大丈夫だって、確信ができたら来るよ」
冷静を装っているけれど、熱い血潮を感じさせる表情。でも、慎重な上にそう簡単に納得しない頑固者だから、そんな確信ができるのはいつになるやら。
「飛び込んでから動く話だってあるんだぞ」
俺の言葉に、岬は深く頷いた。
「分かってる。でも君に愛されるだけじゃ嫌なんだ。いつまでも君に遅れをとりたくない」
岬の口調に、切なくなる。純粋で少し子供っぽくて。意地っぱりで強気な君。可愛いだけじゃない君。
 でも気付けよ。俺はお前の一番のファンのつもりなんだぞ。勿体ないと思わなければ、声なんかかけない。
 まあ、お前の好きにすれば良い。遠回りしても、絶対に階段を昇って来る強さも信じているから。
「でも、とりあえず、誕生日は予約な」
可愛くて意地っぱりの、半年年上の恋人はにっこり微笑んだ。
「仕方ないな。シード取るよ。約束する」
その笑顔は何だか大人で、俺は不意をつかれて、ドキッとする。
「浮気するなよ」
何か悔しくて、偉そうに言った俺の唇は今度は柔らかい唇で塞がれた。
「君こそ自信持ってよ。僕はその気がなければ、プロポーズもさせないよ」



終わり)
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