宝物部屋(戴き物小説)

□僕と結婚して
1ページ/2ページ

 ベッドに横たわる若林くんは、確かにやつれていて、今まで見たことがないような様子だった。駆け付けて来て良かった、と思った。
「岬…どうして来た?」
僕の姿を認めた若林くんは、苦しそうに息を吐きながら、僕を睨み付けた。
「どうしてって…君が大変なのに、放っておける訳がないだろ」
シュナイダーから連絡を受けなければ、知らないままだった。あの、若林くんがひどい高熱で入院しているなんて。
「…どうして来たんだ。お前には知らせたくなかったのに」
知らせたくなかった、のか。今まで関係を求めて来ていたのは、友達じゃ嫌だって言っていたのは誰だった?
「若林くん」
僕は鞄から出した書類を開いた。ここに来る前に用意した書類だ。
「家族しか看病が認められないって聞いたから」
ライフ・パートナーシップ法の届出書類を渡した。
「…知られたくないなんて言わないでよ。心配したよ。ものすごく勇気が要ったんだから」
こうして、苦しそうな若林くんを見ているだけでも、僕まで息が苦しくなる。酸素、よりももっと不可欠な何かが足りない。勇気はいったけど、僕にできることは少ないから。できるだけのことをしたい。
「岬…本気か?」
書類を見た若林くんが僕を見上げた。少し躊躇いがちになるのも分かる。僕だって、これは最後の手段だと思うもの。
 僕は深く頷いた。
「岬!」
若林くんはものすごく嬉しそうに笑って、僕に腕を伸ばしかけて、慌てて引っ込めた。
「…俺、インフルエンザだぞ?」
笑顔の若林くんが何を言ったか、最初は分からなかった。頭の中で反芻したけど、理解できなくて。
「…はあ?」
「俺は単なるインフルエンザなんだが。同じチームの奴が重症になったから、大事をとって入院しただけ」
「ええ!?」
ものすごく重い病気、で家族しか看病を許されないって、シュナイダーから聞いてビックリした。どうして良いのか分からなくて、慌てて駆け付けて。気がついたら行動していた。
「そりゃお前騙されたんだよ」
冷静に考えたらおかしい点はたくさんある。それでもシュナイダーからの電話の後、アパートにも携帯にも連絡は通じなかったのは確かで。
 あの若林くんが病気で入院、と聞いて重症だと思い込んでしまった僕も悪いけど。
「でも岬にプロポーズされるとは思わなかった」
ライフ・パートナーシップ法はドイツの法律で同性同士のパートナーシップを確立するもの。簡単に言うと同性婚。まあ、プロポーズといわれたら、そうなんだけど。
 ニヤニヤしている若林くんに腹を立てながら、少し赤くなってしまった頬を手で覆った。若林くんは随分顔色が良くなった。笑顔も腹が立つほど明るくて。
 でも、元気になってくれたのなら、嬉しいよ。
「…じゃあ、僕はこれで。お大事にね」
「ああ、伝染す訳にはいかないからな。来てくれてありがとう。元気が出た」
病人(?)を疲れさせるものではない。僕が踵を返した背中に、声が追って来る。
「治ったら俺からプロポーズに行くよ」
来た時とはうってかわった、力強い声に僕は苦笑した。



(終わり)
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ