宝物部屋(戴き物小説)

□俺があいつであいつが俺で
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 それは練習中のアクシデントだった。合宿の紅白戦、ドライブシュートを弾かれた赤組の翼は再度ボールを押し込むべく、ゴールを目指す。白組の岬が阻止に駆け付けたのを察して、翼はキーパーに向かって行った。 白組のキーパーは日本が誇る守護神若林である。彼だからこそ、至近距離からのドライブシュートを阻止できたのだ。
 翼のマークをしている岬と石崎達DF陣が連携しているだけあって、新田や井沢へのパスコースは塞がれている。翼は多分ロングシュートを打って来るだろう、それをキャッチして岬にパスして…と若林は次の流れまで読むことができた。
 しかし、翼のとった行動は予想外のものだった。翼はそのままドリブルで攻め込んで来た。早田がさっとタックルをかける。ボールをキープしたのもつかの間、翼の足元を今度は岬がタックルしていた。翼の死角から攻めたのが半ばうまくいき、半ば失敗して、ボールはやや前方に浮いた。
「行くぞっ!」
翼がさっと身を翻して、ヘディングシュートの体勢をとった。
「あっ!」
その一瞬後に岬が叫んだ。ボールをキャッチに動いていた若林と翼は、もみ合ったまま地面に落ちた。
「大丈夫っ!?」
岬は素早く駆け寄った。近くに倒れている翼、その下敷きになっている若林。岬は血の気が引いていくのを感じた。
「頭を打っていたらいけないから、ゆっくりね」
そのくせ、奇妙なくらい冷静に対処している自分に、岬は唇を噛む。本当ならすぐにでも駆け寄りたい。でも…。
「二人とも大丈夫みたいだけど、とりあえず医務室に連れて行くよ。次藤くん、石崎くんに早田くん手伝って」
「岬、お前も顔色悪いぜ」
三杉が近くにいる選手にてきぱきと指示するのを、ゴールポストにもたれ掛かって見ていた岬に、松山が声をかける。
「あ…僕びっくりしちゃって」
何も弁解する必要などないのに、と内心苦笑して、岬は身体を起こした。
「さっきはやられたけど、後半は負けないぜ」
「それはこっちの台詞だよ。松山に翼くん三杉くんじゃ、こっちが不利だからね」
「その分俺がついてるだろうが」
横を通り過ぎた日向のらしくない軽口に、自分はそんなに青ざめているのかと、岬はため息をついた。
「とりあえず、様子見に行く?このままじゃ練習にならないでしょ?」
岬の提案に、松山が頷く。今回の合宿でも国内組の要としてキャプテンマークをつけているのは松山で、日向と岬がその補佐にまわっているという状態だ。
「そうだな。みんな、10分休憩で、その後ドリブル20本なー」
 キャプテン松山の許しも出て、岬は日向と三人で医務室に向かった。何かと真剣なだけに、衝突しがちの二人を従えて歩く岬の姿を、新しいメンバーは奇異なものとして目を見張る。とうの岬は冷静さを装いながらも背を冷たい汗が流れ落ちるのを感じていた。
若林くん…。
心の中で呼びかける。多分よくあることだ、きっと大丈夫だ、そう思っても、何か嫌な予感がしてならなかった。
 医務室で二つ並んだベットのうち一つは急ごしらえだった。
「こういう事態は想定していなかったからね。もうすぐお医者さんも来るよ」
三杉が静かに話す。頭を動かさないよう、傷の手当だけが済ませてあった。
「こんな頑丈な奴らが目を覚まさんとは大変タイ」
次藤が二人を見比べて言う。人一倍頑丈な次藤が言うのだから笑ってもいいはずなのに…笑えない。
「二人とも石頭だからな」
石崎も言葉を重ねるが、岬は押し黙ったまま、二人の手を取った。祈りをこめて強く握る。
「岬?」
大事な二人だ。サッカーのパートナーと、心を通い合わせた特別な相手と。
「あっ、翼くん!」
三杉が声を上げた。翼のまぶたがわずかに動いたのを目敏く見つけて、近寄る。
 岬も顔を上げて、翼を見た。翼はゆっくりと目を開け、それから小さく呟いた。
「岬、どうしたんだ?」
「翼くん、君こそどうしたんだい?」
三杉が翼に尋ねる。頭を打った可能性がある以上、おかしな言動は見逃せない。
「翼?三杉お前何言って…?」
翼はそう言って周囲を見渡した。ベットサイドの三杉、岬、少し離れたところにいる日向、松山、次藤、石崎、早田と見て、隣の急ごしらえのベッドを見…突然はね起きた。
「翼くん、そんな急に動いちゃダメだよ」
三杉の制止に、翼は目を剥く。
「何で俺が寝てるんだ!?」
翼が指差した先では若林が寝ていた。
「何だ、どういうことだ?」
さすがの瞬発力で日向が声を上げる。
「じゃあ、君は翼くんじゃなくて、若林くんだって言うの?」
三杉の言葉に全員が目を見張る。
「えっ?」
期せずして声が重なった岬と松山が顔を見合わせた時、事態を決定づける一言があった。
「何なの、うるさいよ…って俺!?」
目を覚ました若林が言った。
「じゃあ、二人が入れ代わったって言うのか?」
松山はキャプテンらしく一旦まとめた。
「そんなあほな話あるかっ」
早田が声を荒げる。目の前で起こっていることでも、信じられるかどうかは別だ。しかし、当の本人達は至って気楽な様子である。
「翼、お前キーパーできるか?」
「ううん」
「じゃあ、ポジションチェンジしないとな」
極めて現実的なことを平然と話し合っている。見ている者をイライラさせるような光景に、
「二人とも、吐き気はない?頭痛は?」
三杉の心配具合すらズレている。
 …はっきり言って僕の方が頭痛い。
 岬はため息をつくと、二人に話しかけた。
「それで、僕がコンビを組むのはどっち?」
「俺だよ、岬くん」
「うん、翼くんの方だね。分かった。それで、僕と同室なのは?」
「それは俺の方だな。お互い荷物は元の部屋の方が都合いいしな」
「じゃあ、若林くんだね」
岬は真顔のまま、それだけ確認してから、他の仲間達に向き直った。
「じゃあ、そういうことらしいから。分かった?」
普段は優しく微笑んでいることが多い岬だけに、いざ発言する時の重みは違う。穏やかながら、有無を言わせぬ雰囲気に、周囲は気圧される中、三杉が口を開く。
「二人は入れ代わった、と扱うんだね?」
三人は同時に頷いた。
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