宝物部屋(戴き物小説)

□桃太郎
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「若林さん、聞いて下さいよ」
けっこうクールな井沢が、子供のような口調でそう言う時はグチを言いたい時と相場が決まっている。
「また石崎か」
つい分かってしまった。石崎のもたらす「災厄」は、大昔の自殺点にはじまり、傍目にはバカバカしいが、巻き込まれる当事者にとっては深刻である。
「そうなんですよ。あいつ、文化祭の出し物演劇を引きやがって」
井沢の説明によると、各クラブは出店か展示のブース系、演劇等のステージ系で文化祭に参加するそうだが、それぞれの定数は決まっている。で、キャプテン石崎は見事ステージを引き当てた。
 なるほど…それは確かに辛そうだ。練習の合間に準備をするのはなかなか大変そうだし。
「それで、どうしたんだ?」
「じゃあ簡単なのが良いってことになって…猿が出て来る桃太郎をすることになりました」
桃太郎?まあ、誰でも知っているだけに、考える必要は少なそうだ。
「それで、太郎繋がりで岬が主役で」
ビジュアルがすぐに浮かんできた。ハチマキ巻いて陣羽織の岬。うわ?何か可愛いぞ。爽やかそう。
「家来は猿が当然石崎で、犬が浦辺」
メイク要らずの二人。石崎も責任をとらされたようだ。
「なるほど、犬猿の仲だな」
「新田がキジで」
「隼とキジじゃだいぶ違うだろうに」
でも岬には一番忠実なキジ。他の二人よりは役に立ちそうだ。
「滝と来生がじいさんばあさんです」
これも想像つくぞ。滝のじいさんぶりはきっと見事だろう。
「高杉と森崎が鬼です」
それも好一対。鬼ケ島は守りが堅い。笑って聞いていたが、一人足りない。
「じゃあ、お前は何の役だ?」
井沢はぐっと言葉に詰まった後、ごく小さな声で答えた。
「お姫様役です」
岬桃太郎に助けられて、都に帰るのだという。
「かつらが要らないからって決まったんですよ」
実に妥当な理由だ。岬が、井沢がどうやって頭髪検査をすり抜けているのか教えてくれたことを思い出す。
「それでうまくいったのか?」
まあ進行さえうまくいけば問題はなさそうだ。だが井沢は小声で続けた。
「それが、岬に抱き上げられまして」
要約するとこうだ。井沢の着物がものすごく歩きにくくて、練習では何度か転んだ。それを知っていた岬桃太郎は本番、自分より長身のお姫様が登場した途端、さっさと抱き上げて、のしのし帰ったらしい。当然満場拍手喝采。
「おかげで文化祭はうちが大賞でしたよ」
「それは見物だったな。ビデオ送ってくれよ」
意地っぱりで男前の岬らしい。笑いながら言ったのだが。
「岬が怒るからやめておきます」
まさか断られるとは思わなかった。井沢の声には妙な迫力があり、俺は追及を諦めた。

 それからしばらく経って、日本で岬といる時に、この話が出た。
「…本当に見たい?」
「勿体ぶるなよ」
俺がそう言いたくなる程、岬は真剣な表情だった。
「分かったよ。でも後悔しないでね」
妙に迫力満点の前置きに俺は早くも後悔し始めていた。

 思った通り、岬の桃太郎姿はとても可愛かった。凛々しくて、まっすぐで。キビキビした動きも小気味よい。
 予想通りのじいさんっぷりで、来生と二人でボケまくっている滝には大いに笑った。さすが小学時代からならした至芸。岬は二人がボケる度にいちいちフォローしていた。
 おとなしくしない犬猿キジも見事にまとめていて、普段の姿が垣間見えた。
 岬お前苦労してんな…。

 それでも、何も岬が困るような感じではない。このメンツの暴走っぷりが恥ずかしいのだろうか?それとも、後の井沢とのシーンか?
 思いながら見ていると一行は鬼ケ島に着いた。ノリノリの高杉、どこか逃げ腰の森崎をはじめとする鬼達は鬼の城を守っているのだが…その紋所は。
「…本当にゴメン」
鬼の城に描かれたアディダスマーク。城の絵がやけに上手いのとは対照的な幼稚な筆致。
「お城描いた後にやられたんだ、ごめんね」
画面では岬桃太郎が鬼の城を降参させた。鬼達は参りました、と平伏している。
 岬は少し恥ずかしそうだ。でも、落書きした奴も分かっているし、お前のせいじゃない。それに。
「いいぜ。だって俺、ずっとお前に降参したままだし」
そう言って、俺は自分を参らせた、可愛い勇者にキスを捧げた。



おしまい
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