宝物部屋(戴き物小説)

□文化祭
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文化祭、というのがあるというのは岬から聞いていた。
去年は石崎が劇のくじを引いてしまい、サッカー部で桃太郎の役をやったと話していたが、今年はほとんど参加しない、と聞いていたのに。
一週間後、井沢から送られて来たビデオのタイトルは「南葛高校美人コンテスト」。
首を傾げながら再生すると、各クラス代表の美人の中に混じっているのは、岬!?
「3-Aの岬です。どうしてここにいるのか自分でもよく分かりません」
そう言う岬は学ランではなく、女子の制服を着ている。
きゃー!可愛い?!黄色い声がうるさ過ぎて、よく分からない。
「いや、今年はマジ優勝狙いでうちのエースを出しました」
推薦者の石崎の台詞も黄色い声にかき消され、舞台上の各クラス代表もみんな岬を見ている。
サッカー選手とはとても思えない華奢な岬が、少し化粧してセーラー服で微笑んでいる。
恐ろしいことに本当に可愛い。とても同い年の男とは思えない。
凛とした雰囲気も、ぴんと伸びた立ち姿もいつものままなのに、なぜかおしとやかに見えたりして。
厳正なる、なのか何なのか審査の結果優勝したのはやはり岬だった。
駆け寄ろうとする連中を押しのけて、井沢がさっと岬を抱き上げる。
「きゃあ、お姫様抱っこよ!」
「お似合いね?」
女の子達の声がやたらと入っている。
岬を抱えた井沢はそのまま猛ダッシュして逃亡した。逃げ足の速いことでも有名だった修哲トリオの一人、さすがの逃げっぷりだった。
ひとしきり笑った後、一度巻き戻してから、俺は岬に電話をかけた。
「はい、岬です」
「岬、久しぶり♪」
我ながら声がはしゃいでいたと思う。岬は少し黙ってから静かに声を出した。
「…久しぶり、若林くん」
岬はどうしたの?などとは聞かない。蛇が出ると分かっていて薮を突いたり、わざわざ地雷を踏むような真似はしない。
「岬、今日井沢からビデオ送られて来てな」
岬は電話の向こうで微かにため息をついた。
「桃太郎?」
分かっているくせに。
とぼけた岬を何とか誘導しようとつい意地になってしまう。
「それは去年じゃなかったか?」
遠回しに攻めていく。フィールドプレーヤーではないが、心理戦にはいささか自信がある。
「若林くんがいたら金太郎だったのに、って石崎くんがぼやいてたよ」
また人のことを熊扱いかよ。石崎、いつか消してやる。
「ふふ、じゃあ、僕がお姫様抱っこされてるやつだね」
岬の言葉に、少し思考が停止した。
「お姫様抱っこ?」
何かビデオでもそんな言葉を聞いたような。
「花嫁さんを抱き上げるような抱き上げ方をそう呼ぶんだって」
「ああ、いつもベッドルームに行く時のあれか」
岬の返答はなく、この妙な間は、電話口で照れているのかと思っておかしかった。
今度その言葉目の前で使ってやろう。
「それで、何で美人コンテストなんかに?」
岬に聞くと、岬は少し声を低くした。
「うちのクラスの代表も女の子だったんだけど、具合悪いのに出て来たんだよ。それで無理しないように言ったら、僕が代わりに出るなら、って条件つけられたんだ」
紳士な岬らしい話だと思う。でも、これが岬じゃなかったらまずそんな条件つけられないよな。ビデオを再生するまでもなく、思う。
「誰も反対しなかったのか?」
俺がいたら反対するぞ。岬の足を、姿を、そういう目で見られたくはない。
「僕が出るって決まった時に、井沢くんが「卑怯だぞ、岬」なんて言ってたんだよ。話題性だけで女の子達に勝ち目ないじゃないかって。でも、女の子達がみんな参加しても良いってお化粧まで手伝ってくれるもんだから、すぐに引っ込んじゃった」
フェミニストの井沢くんらしいでしょ、と軽く言う岬に思わず光景を想像した。
…岬、それはフェミニストなんじゃなくて、気圧されたって言うんじゃないか?
「その割には、井沢走ってるな」
同情のこもった俺の感想に、岬はくすくす声を出して笑った。
「美人コンテストで変な写真撮る奴とかけっこういるらしくて、井沢くんがガードを引き受けてくれたんだ。まあ、いつものお礼だって言っていたけど…」
これもどうやら照れ隠しっぽい。確かに、人前で抱き上げられるのは男としては恥ずかしそうだ。
「うらやましいな」
俺の言葉に、岬は少し黙った。…意味分かってるくせに。
「まさか井沢と出来てないよな?」
一応聞いてみた。何しろ、こんな映像を見せられたらな…。お姫様抱っこだし。俺でさえご無沙汰なのに。
「井沢くん、若林くんに疑われるの嫌だからってそれ送ったんだよ」
このビデオは新田が撮ったものらしく、新田が秘蔵しようとしていたのを井沢が巻き上げ、こっちに廻してきたという。
「まあ、わざわざ浮気の証拠を送る奴もいないからな」
言いながら、不安がない訳ではない。
岬は可愛いし、その上この格好だ。俺だったらただじゃおかない。
「それより、岬」
「ん?」
ビデオでは、スカートを翻して岬が動いている。優しい微笑みで振り返る。
「信じてるから、今度こっちでもあのかっこして?」
ガチャン、と受話器を叩きつける音がして、ツーツーと電子音。

岬…照れてるんだよな?
俺は悲しいぞ!



おしまい
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