宝物部屋(戴き物小説)2

□お誕生日おめでとう
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「若林くん、早くっ!」
一足先に支度を済ませた岬は、未だ用意も途中の若林を振り返る。
「ああ、もう出られる」
シックなダークスーツをそつなく着こなした若林は、黒い革靴に足を通した。
「プレゼントはどうするの?まだ何も用意してないよ」
同じくスーツ姿の岬がドアの鍵を掛けながら言う。
「…じゃあ、花でも買って行くか?」
僕の誕生日には、それこそバラエティに溢れたプレゼントを考えてくれるのに。岬が言いかけた途端に、追い付くのを待っていたらしい、若林の笑顔と目が合った。
「芸がないって顔だな。そういうの岬の方が得意なんじゃないか?」
妹に、母に。時々買っているのを知っている。岬が女性ものを手に取る時の繊細な指先が若林は好きだった。本当はああいう”綺麗なもの”で生活を埋めてやりたい位。
「んー、ああいうのは好みがあるから…美味しいスイーツでも買って行く?」
一般男性にはハードルの高い”スイーツ”を難無くクリアーすると、岬は前を歩く若林の背中を軽く押した。
「とにかく早く行こ?待たせたら悪いよ」
「ああ、そうだな」
背中を押す岬の動作が可愛く思えて、若林はつい緩む口元を押さえた。更に、自然に走らせてしまう視線隠しにサングラスを装着する。傍目には近寄り難い姿の若林に、笑顔の岬が歩調を合わせた。
 並んで歩くのも久しぶりな気がする。更に小春日和ともなれば、天気までが祝福してくれる気になる。
「どこのお店にする?」
岬の色素の薄い髪が秋晴れの空の下、光を受けて輝いている。岬の笑顔があれば風景は気にならない若林だが、やっぱり青空は岬によく似合う。
「岬のお勧めは?」
不意に笑顔を向けられて、岬は少し目を逸らした。…スーツで来てほしいなんてリクエストされたけど…。若林くん、スーツも本当に似合うし、格好よくてまるでよその人みたいで困る。
「若林くんに任せるよ。…喜んでくれると良いね」
「ああ」
二人揃うのも珍しいのに、こうして一緒に出かけて、一緒に目的地に向かうのは本当に贅沢だ。
「花屋も寄らないか?」
「そうだね」
足どりも軽くなる。待たせたら悪いと言った言葉さえ翻してしまうのは、二人の時間が楽しいせい。
「お花も買ったし急ご」
「ああ」
「喜んでくれると良いね」
楽しそうに微笑む岬の笑顔に、それだけでも十分喜ぶに違いないと、若林は思った。そういう自分自身も格別優しい顔をしていることには気付かずに。

「お誕生日おめでとう!」



(終わり)
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