宝物部屋(戴き物小説)2

□甘い昼食
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 サッカー部は練習試合を控えて、毎日練習が続いている。土日も当然一日練習に明け暮れる。
「岬、すまんがボードとホイッスルを職員室に持ってきてくれ」
昼休憩前、用具室にライン引きを片付けるサッカー部顧問の若林に頼まれて、ボードとホイッスルを持った岬は職員室に向かった。
 若いけれど頼りになる、と学校一人気のある若林先生に呼び出される理由は分かっていた。
「先生、そこに置いておきました」
若林が職員室に戻ると、水筒を提げた岬が微笑みかける。若林の湯のみと自分のコップにお茶を注いで、岬は待っていた。
「今日もおかずの交換しような」
若林の言葉に、岬は頬をほんのり染めて頷く。岬が手作りのお弁当を気にしているのを知って、若林はわざわざ自分を職員室に呼び、おかずの交換をしてくれる。弁当を分ける、ではなくおかずの交換、であるところも岬には嬉しかった。そして、若林が一緒に食べてくれることも。
「岬の煮物うまいからな。ほら、こっちのウインナーもどうだ」
「昨日のおかずですみません。煮物って楽だし安く済むから。お茶もどうぞ」
子供の好きなおかずばかり入れてある若林の弁当を初めて食べたのは、家庭訪問の時だった。最後に岬の家に寄った若林先生は、自分の空腹にかこつけて、岬に弁当を運んで来た。その弁当の中には、玉子焼が入っていて、それはとても甘かった。以来、土日の練習の時にはいつも、こんなやりとりが続いている。
「先生、僕のことは気にしないで」
何度そう言おうと思ったか分からない。先生だってたまには一人になりたいだろうし、他の子たちにも不思議がられる。それでも、若林先生の特別扱い、はくすぐったくて嬉しくて、何より二人だけの秘密の食事は楽しかった。
「こんなにうまいんだから、良いお嫁さん…もらわないと大変だな」
少し味の薄い肉じゃがをつまみながら、若林は冗談めかして口にした。煮物が楽、という時点で十分料理はうまいと思う。それに何より美味しく感じるのは、料理に添えられる岬の笑顔が楽しそうだからに違いない。二人でお弁当を広げる時、たこさんウインナーやハンバーグといった子供めいたおかずに興味を示す岬が可愛らしくて、好きなおかずを見極めてやろうと思う。
 その気持ちが昂じて、つい「良いお嫁さんになれる」と言いかけた自分を制して、若林は慌ててごまかした。
「翼くんにも同じことを言われました。だからって翼くんったら、僕をお嫁さんにもらう、なんて冗談言うんです」
岬はミートボールを器用につまむと、冗談、を笑ったが、若林は笑わなかった。
 翼、の言葉が引っかかる。岬とコンビを組み、普段から仲の良い翼は、職員室に呼ばれた岬に何度もつきまとっていた。時々、若林を疎むように見る翼。
「それなら先生がお嫁さんに欲しいけどな」
若林の言葉に、岬はくすくす笑い声を立てた。食べている最中なのを気にして、口元に手を当てる仕草も可愛らしく、岬は無邪気に笑う。まだ子供らしい、鈴を振ったような声に、きらきらした瞳も愉快げに細められている。
「先生もそんな冗談言うんですね」
若林が冗談を言ったものだと信じ切って、笑ってくれている岬に、それ以上言葉を重ねる気にもなれず、若林はやけになって笑った。
 そして、自問する。男の子をお嫁さんに、なんて何を口走ろうとしたんだ、俺は。確かに相手は女の子でも珍しいほど可愛い子で、性格も優しくて、申し分ない。それでも、学生時代、いや最近まで彼女の絶えなかった自分が何をしているのだ、と。
 行儀よくご馳走様をして部屋を出ようとする岬を呼び止めて、若林は自分の横の席を指した。
「少し休んでいけ。急に走ると腹が痛くなるぞ」
「はい」
素直に横に座った岬の頭を撫でてみたが、答えは出なかった。



(つづく予定)
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