宝物部屋(戴き物小説)2

□シンデレラ
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「おにいちゃん、ごほんよんで」
井川の愛娘のリサちゃんは合宿所のアイドルとなっていた。反町のように、練習中であってもどこからともなくおやつを出す強者までいて、寵愛の奪い合いは日々過酷になっている。
 その中で、一歩ぬきんでているのが若林である。若林は何をするわけでもないが、リサからひいきされていた。
「リサは大人の間にいたからな、若い男が苦手みたいなんだ」
井川の一言に、ひどい悪意を感じて若林はむっとする。若年寄というのは言われ慣れているが、まさか井川にまで言われるとは。リサの呼びかけがおにいちゃん、でなければ、不穏当な光景を見せてしまうところだった。
「何か安心するんじゃないですか?体格とはお父さんを連想して」
同じような理由で比較的早くなついた佐野の言葉に、少しだけ腑に落ちない思いを抱きはしたものの、なつかれるのは悪い気がしない。
「ちょっと嫉妬しちゃうね」
休憩中、若林の膝に乗ってしまったリサに、岬が通り過ぎざまに囁いていった。
「え?」
ミーティングに向かう岬の微笑みは悪戯がかっていたものの、いつも通り優しかったので、若林は少し安心しながらも嬉しく感じた。
 そういう岬とて、特別扱いを受けている方だと若林は思う。
「みさきおにいちゃん」
リサに呼ばれると、岬は光に溶けそうな笑顔で迎え、可愛い少女を抱き上げる。その仕草が何ともいえず優美で、まるで一幅の絵画のようである。優しいこと、器用なことを評価されているのか、リサの髪の毛をくくったり直したりする名誉を与えられているのは彼だけである。
 もっともそれに関しては、父親の井川が岬になつくよう指示している、という不穏な噂がない訳でもない。

「このごほん」
「絵本?」
不意に膝によじ登ってきたリサに、若林はよしよし、と頭を撫でた。
「シンデレラ、な」
童話の挿絵は昔に比べるととても可愛らしくなっている。挿絵、というよりイラストなのだろう。茶色の髪の少女が描いてある。
「よしよし、良いぜ。シンデレラのこどものころ、やさしかったおかあさんがなくなり、あたらしいおかあさんとふたりのおねえさんがきました。あたらしいおかあさんはシンデレラにきびしく、くるひもくるひもいえのことをさせました。可哀相だな」
若林の朗読に、リサは耳を澄ましていましたが、ふと若林を振り返りました。
「ねえ、シンデレラってどんなこ?」
いかにも女の子らしい、他愛のない質問に若林は少し戸惑った。模範的な答えとして、有名なアニメ映画等の知識があれば良かったのだが、若林の得意な分野ではない。 仕方なく、リサみたいに可愛い…と思いかけて、母親、のことを連想した。これは避けた方が良い選択肢なのではないだろうか。
「え…と、岬お兄ちゃんみたいな子」
嘘はついていない、と若林は自分に言い聞かせた。岬は昔から可愛かった。母がいなくて、苦労し通しだったが、いつも健気で、きれいな目をしていた。
「色が白くて、ほっぺがつるつるなんだね」
少女の思わぬ意見に、若林は一瞬虚をつかれたものの、力強く頷き、続けた。
「そう、そういう可愛い子。おかあさんやおねえさんがおしゃれをしても、シンデレラはみすぼらしいふくしかもらえず、やねうらべやでふるえていました。やさしかったおかあさんをおもいだして、シンデレラはなみだをこぼすのでした」
「ねえねえ、あたらしいおかあさんとおねえさんはどんなひと?」
質問第二段。しかし、既にヒロインが決定している為、イメージはたやすかった。
「おかあさんは蒲生さんみたいな人で、おねえさんはオチャドって、変わった髪型の奴、覚えているか?」
即答する若林に、リサが少し首を傾げながらも頷いた。ヒロインに比べると、敵役であるまま母には思い入れもないのだろう。
「そんなあるひ、おしろのおうじさまが、ぶとうかいをひらくことになりました。おうじさまのおきさきをさがすためです。「おきさきになれるチャンスだわ」とおねえさんたちはおしゃれをしますが、シンデレラはつれていってもらえません。「わたしもつれていって」シンデレラはおねがいしましたが、「きていくドレスもないじゃないの」さびしくるすばんをすることになりました」
「おしろのおうじさまってどんなひと?」
リサの問いかけに、若林は遠くから見守っていた新田が恐怖に打ち震えるほどの微笑を浮かべて断言した。
「俺のように格好良くて、背が高くて、サッカーがうまいんだ」
「ふう?ん」
いまいち薄い聴衆の反応に傷つきながらも、若林は先を続けた。可哀相な岬が早くお城に来られるように。
「シンデレラがなきながらるすばんをしていると、まほうつかいがすがたをあらわしました。「おしろのぶとうかいにいきたいのかい?それなら、ほら」まほうつかいがつえをふると、シンデレラのふくはドレスにかわりました。ねずみはうまに、はつかねずみはぎょしゃになり、かぼちゃはばしゃになりました。「でも12じまでにかえらないとまほうがとけちゃうよ」
「まほうつかいってどんなひと?」
リサが聞くまでもなく、その答えは用意していた。若林の視線は休憩時間を利用して松山、岬とミーティングをしている相手に注がれている。
「三杉お兄ちゃんみたいな人だよ。12時までなんて、約束あるんだもんな」
合宿中のたまの休み、岬と外出して、デートコースを詰め込みすぎて、それでも岬の機転で間に合ったり、という私怨を込めて若林はぼやいた。
「きゃははは」
口調を面白がる様子のリサに、若林は先を急ぐ。これから、二人は出逢う。
「おしろについたシンデレラを、みんなどこのおひめさまかとおどろいてむかえました。「こんなうつくしいひとはみたことがない。どうか、わたしとおどってください」すてきなおうじさまにダンスをもうしこまれ、シンデレラはじょうずにおどりました」
一瞬で、恋に落ちる。時間じゃないんだよな。出逢った時に、すぐに分かるんだ。若林はため息をつきながら、次のページに進んだ。
「たのしくてじかんをわすれているうちに、とけいのかねがきこえました。「もうすぐ12じだわ。かえらないと」シンデレラはあわててかけだしました。「まってください」おうじはおいかけましたが、シンデレラのすがたはみえず、ガラスのくつがかたほうおちているだけでした」
あいつ足速いもんな。フィールドでは誰も追いつけない俊足の恋人を思い出す。
「いえにかえったシンデレラは、またもとのくらしにもどりました。おかあさんやおねえさんたちにいじめられながら、ときどきやさしかったおうじのことをおもいだしました。いっぽう、おしろのおうじはこいのせいでびょうきになってしまいました。シンデレラをさがすため、ガラスのくつにぴったりあしのあうひとをおきさきとしてむかえる、というおふれをだしました」
ところどころ捏造しながらも迫真の朗読に、リサは目をきらきらさせて聞き入っていた。落ち着いてはいるものの、少し透き通ったところのある若林の声は、心の中を示すように、とても優しい。
「ガラスのくつにあうひとをさがすようめいじられたやくにんは、いろいろなむすめたちにくつをあわさせましたが、なかなかぴったりのひとはいません。シンデレラのいえにもやくにんたちがきました。おねえさんたちはくつをあわせようとしましたが、くつがちいさくてはいりませんでした。やくにんはシンデレラにきづき、くつをあわせるようにいいました。シンデレラのあしはガラスのくつがぴったりで、みんなはびっくりしました。シンデレラがポケットからもうかたほうのくつをだしたのには、もっとびっくりしました。シンデレラはおしろにむかえられ、おうじさまといつまでもしあわせにくらしました」
「わあ、よかったね」
リサがはしゃぐ。息を殺して聞いていただけに、ハッピーエンドがいたく気に入ったらしい。そして、若林は静かな感動を味わっていた。ふたりはいつまでもしあわせにくらす。悲しかった記憶を全部忘れさせてやれるとは思わないが、幸せにしてやりたい。
「ああ、よかったな。ふたりはずっとしあわせにくらすんだ」
繰り返した若林の視界に、ミーティングが終わった岬が入ってきた。
「リサちゃーん」
リサがいるために近寄り易いのだろう、珍しく一直線に向かってくる岬に、若林も笑顔を向ける。
「シンデレラー」
叫ぶリサの口を慌ててふさぎながら、今晩のお伽話はシンデレラに決定だ、と若林はついゆるんでしまう頬を撫でた。



(終わり)
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