宝物部屋(戴き物小説)2

□王子と姫
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「王子、隣のお姫様が到着されたそうです」
侍従のヒカルの言葉に、ミサキ王子は顔を上げた。

 独国と法国、隣り合った二つの国は長年仲が良かった。現在の王の時代に同盟を結び、お互いに王子と姫が生まれたら、結婚させようという約束だった。独国に先に王子二人が生まれたため、法国に姫が誕生することが期待されたが、穏やかな妊婦の表情から予想されたのとは異なり、生まれたのは男の子だった。そして、その同じ年、独国に姫が誕生し、婚約が成立した。
「15年間婚約していて、何回訪問してもワカバ姫は心を開いてくれなかったんだ。カーテン越しに会っても、言葉一つかけてくれなかったよ」
王子のため息に、ヒカルが王子の肩を軽く叩いた。繊細な容貌に、少し長めの髪を垂らして、遠くを眺める王子の仕草は優美で、ヒカルはこの王子に心を動かされない姫とは一体どんな木石なのかと思った。まだ大人になりきらない、中性的な容姿も、きれいなものの好きなお姫さん達には受けそうだ、とヒカルは不思議でならない。
「でも、その姫もお輿入れされたんだから、きっと心を開いてくれるって」
ヒカルは王子の乳兄弟で、気を許し合っており、二人でいる時はたいてい敬語も省略している。
「それに、姫はものすごく恥ずかしがり屋で、独国でも姿を見た者はほとんどいないと聞くぞ」
心配そうに覗き込むヒカルに、ミサキ王子は心配そうな表情を緩め、笑顔を向ける。
「大丈夫だよ。会ってくれたことはないけど、ずっと手紙はくれていたもの」
テーブルに置かれた王子の宝箱には、宝石の代わりに、姫からの手紙がしまわれていた。しっかりした達筆で綴られた手紙は、王子に会うのが楽しみだと書かれていた。三日月の夜は、月も眠くて見ていないから、そっと会いましょう、なんてヒカルに教わった流行歌をもじった王子の返事には、嬉しいという言葉と三日月模様の入った猫目石が添えられていた。王子はそれをペンダントにして、肌身離さず身に着けている。
「そうだな。王子の気持ちはきっと伝わるよ」
「ありがとう、ヒカル」
生まれながらの婚約で、美談ではあるものの、国と国の利益が絡まっている以上、愛だけでは語れない。それでも、手紙だけで未知の姫に愛情を抱き、頬を染める王子は、長年見慣れたヒカルの目にも可愛すぎて、断言する口調にも力が入った。

 それから王子は王の間に向かった。姫は城の西にある部屋に入り、明日の結婚式に備えることになっていた。
「父上、姫が無事到着されたそうで安心しました」
「ただ、姫は風邪を召された、とかで代理の者だけが顔を出したんだが…大丈夫かね」
華奢な王子とは異なり、体格の良い王は心配そうに言うと、隣に控える若者に目配せした。
「王子、こちらは姫の付き添いのミスギ子爵だ。子爵、姫の具合はそんなに悪いのかね」
「いえ、ただ皆様にお伝染ししてはと大事をとらせていただきました」
自分達と年も変わらぬだろうに、爽やかな笑顔と落ち着き払った態度の若者に、王子と従者は顔を見合わせた。
「お見舞いだけでも、いけませんか?」
法国の誰も勝てない王子の笑顔にも、ミスギ子爵は少しも動じることなく、首を振った。
「明日の結婚式に間に合うよう姫には養生して頂きます」

「これ、姫の為に摘んだんだけど…気に入ってもらえるかな」
王子は庭で育てていた百合を束ねると、花瓶に生けた。見舞いは断られたものの、王子は二人の為に用意された部屋に、花を飾ることにした。
「僕は姫とお会いしたことはないけれど、心の清らかな優しい人なんだと思う。僕の描いた絵を見て、早くこの国に来たい、と言ってくれたんだ」
「そうだったな。王子のお気に入りのペンダントも姫からもらったものだったな」
ミサキ王子は、世間の王子のやるようなことは一通りできる。剣も弓も乗馬も少しも劣るまい。ただ、性格が優しすぎて、他のものを傷つけることには向いていない。学問や芸術に力を入れる王子を、この国の人々は誇りにしていた。
「うん。僕の書いた手紙に合わせてくれて。本当に優しい人なんだよ」

 翌日の結婚式は異様な光景であった。法国、独国の王家が居並ぶ中、姫の周りを幕が取り囲み、その姿を垣間見ることもかなわない。
「独国では、未婚の王女は人目に触れさせないことになっております」
ミスギ子爵の言葉に、法国側の人間が困惑する中、結婚式は粛々と続いた。
「この男を夫とすることを誓いますか」
「はい」
神父の声に、新婦が返事をした。それはやや低い声ではあったものの、風邪のせいだろうということで片付けられた。

「こんばんは、姫にお会いしたいんです」
祝宴もそこそこに、部屋に引き上げた姫に、ミサキ王子が後を追った。新居として用意された部屋に誘導された姫の後、部屋に身体を滑り込ませた。
「姫はお疲れです。すみませんが、出直して…」
ミスギ子爵が言いかけた時、カーテンの向こうが微かに動いた。
「もう良いよ、ミスギ。王子、どうぞ」
王子やミスギよりも低い声が闇の中で呟いた。  ミサキ王子は恐る恐る部屋を進んだ。王妃も早くに亡くなっている以上、女性の部屋に入ったことなどない。昨日自分達で整えた部屋とは言え、こう薄暗く、カーテンを張り巡らされていると印象が違う。
「風邪気味なのにごめんね。風邪を早く治してほしくて、薬を持ってきたんだ」
王子が微笑むと、カーテンの向こうの人影が動いた。手袋に包まれた手に、ミサキ王子が薬を手渡そうとした瞬間、手首が掴まれた。
「わっ!」
驚いた王子が声を出した瞬間、カーテンの中に引きずり込まれた。
「ひ…め?」
王子が問いかける。薄明かりの中、自分を抱きしめるドレス姿の逞しい相手。
「ああ」
小柄な王子の身体をたやすく腕の中に閉じ込めて、「姫」は微笑んだ。
「三日月の夜だったから、きっと来てくれると思ってた」
高い位置から耳元に唇を寄せ、低い声で呟かれるフレーズには覚えがあった。自分の書き送った手紙の文面だと気づいて、王子は相手を見上げる。濃い眉に意志の強さを感じさせる目。高い鼻に一文字に結ばれた唇。どこからどう見ても、自分以上に男らしく、かっこよくて、王子は少なからず困惑した。
「王子、会いたかった」
驚く間に、不覚にも唇を奪われ、寝台に押し倒されてしまったミサキ王子は、早鐘のようになっている鼓動を抑えつつ、尋ねた。
「ワカバ姫、だよね?」
「ワカバヤシ、だ。双子の姉が生まれてすぐに病気で亡くなり、引くに引けなくなって身代わりにされた末の王子」
ワカバヤシは自虐的に笑うと、月明かりの入る窓の方に、ペンダントをかざした。ミサキが選んで作らせたデザインの指輪が、金の鎖に通されていた。確かに、本人らしい。
「ずっと、会いたかった。会いに来てくれる度に、何度姿を現そうと思ったか分からない。だが、こんな姿ではとても」
寝台に自分を押さえ込み、切々と語るワカバヤシを、ミサキは静かに見上げた。人並み以上に大きな身体に、ワインレッドのドレスをまとっている姿は、滑稽を通り越して、威厳すらある。
「ごめんね、それなのに押しかけてきて…」
申し訳なさそうに顔を背けたミサキだったが、ワカバヤシは小さく首を振って否定した。
「いいや。ミサキ王子なら、笑わないでいてくれると思ってた。嬉しかった」
声色を作る気も失せたのか、男らしい声で笑うワカバヤシに、ミサキも微笑みを浮かべる。確かに驚きはしたが、少しも違和感はなかった。思慮深い、思いやりのこもった文面と目の前のワカバヤシ王子は、少しも矛盾しない。
「僕も会えて嬉しいよ」
侍女越しでなく話ができるから。言いかけたミサキの唇に、ワカバヤシの唇が重なる。先程奪われた時とは違い、余裕はあるものの、感触を味わうようにゆったりした接吻に、ミサキの身体から力が失われていく。
「もう俺たちは結婚したんだから、秘密を打ち明けても大丈夫だと思った」
襟元を広げて顕われた首筋に、カフスを取り去って自由になった手首に、キスを施されて、ミサキは優しい笑顔でワカバヤシを見上げた。
「ねえ、僕のこと好き?」
ワカバヤシは自分のプレゼントした猫目石をつけた胸元にしていたキスを中断し、顔を上げる。
「その為に、今日まで我慢してきたんだ。愛しているぜ」
ドレスを脱ぎ去って、筋骨隆々の上半身をあらわにしたワカバヤシは、うっとりと愛しのミサキ王子を見つめた。
 物心ついた時には、ドレス姿だった。周囲にばれないように、毎日王宮を抜け出し、息抜きをしながら、それでも反抗一つせず、窮屈なドレスに甘んじていたのは、ミサキのためだった。優しくて自分を愛してくれるミサキが余りに愛しくて、山奥まで一日がかりで猫目石を探しに行ったことも懐かしい。
「ずっと一緒にいようね」
微笑んだミサキに、ワカバヤシは優しく体を重ねた。

 扉の外で待機していたミスギ子爵は安堵の息をついた。外交問題になった時の為に派遣されたのだが、なぜか問題なく済みそうだった。
 大丈夫だと大見得を切ってきたワカバヤシ王子もさることながら、それならば、と送り込んできた国王も国王。更に、花嫁を娶ったつもりが、花嫁になってしまっているミサキ王子といい、王族というのは分からない連中だ、とぼやきながら、ミスギ子爵は新婚夫婦の寝室を後にした。



(おしまい)
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