バザール2

□幸福論
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「若林くん、いい?」
「ん?」
「よいしょ。」
あまり気合の入っていない掛け声と共に、テレビ画面を見ている俺の腕の中に岬が入ってきた。
ソファに座っている俺の膝の上に腰掛けて、更に俺の左腕を取って自分の身体に回す。
居心地の良いポジションを探し出すと、自分のマグカップを手に取り、ゆっくりと口をつけた。
コクリと飲んで、静かに息を吐く。
「…美味しい。」
「………岬、」
「んー?」
「お前、俺の事を自分専用のソファか何かだと思ってないか?」
「え、別にそんなこと、…」
岬は、俺を振り仰ぎ小首を傾げる。暫く見つめあった後、クスリと笑った。
「…あ、ちょっと思ってるかも。」
「おいこら。」
「嘘だよ。甘えてるの。」
にっこりと微笑んで、本当に猫が甘えてくるような仕草をした。
サラサラと揺れる髪がくすぐったい。
俺は持っていたカップを置いて、満面の笑みで受け入れ態勢を取った。
だが岬は、そんな俺を全く無視して、何事もなかったかのように、またゆっくりとカフェオレを飲んで幸せそうな溜息をつく。
…おい。
「…甘えるか、飲むか、どっちかにしないか?」
「何で?」
「岬が甘えてくるなら、俺は全力で岬に集中したい。」
「じゃ、飲む。」
「こら。」
即答かよ。
細いウエストをがっちりと掴んで、目の前にある髪と耳にキスをして囁く。
「俺より、カフェオレがいい?」
本当はその下にある白い首筋に噛みつきたい。
「だって、昼間から若林くんがその気になったら大変だもん。せっかくの飲物が冷めちゃう。」
「よし、冷めなきゃいいんだな?」
「だーめ。」
キスしようとした唇に、先に牽制のキスをされた。
「…お互い別々のことをする時間っていうのも大切にしたいと思わない?…ね?」
必殺の岬スマイルが炸裂する。
この笑顔に勝てる奴がいたら、誰か教えてほしい。
俺はしぶしぶ岬の額に口付けて同意を伝えると、仕方なく視線を画面に戻した。見ているのはサッカーの試合のDVDだ。
空いてる手で時折、岬の髪や身体を撫でる。
岬は岬で、安心しきって身体を預けたまま、カフェオレを堪能してるようだ。
そうは言っても、試合の行方や選手のプレイが気になるようで、そんな岬と時折言葉を交わしながら、対戦相手の研究用に必要な何試合かを早送りしながら見続けた。
気付かぬうちにかなり画面に集中していたらしい。
リモコンで電源を切って意識を岬に戻すと、俺にもたれたまま、岬はいつの間にか静かに眠っていた。
岬のカフェオレのカップも既に空だ。
昨日突然岬が遊びに来てくれたのが嬉しくて、昨夜はあまり寝させてやれなかった事を思い出す。
今だって岬にほとんど構ってやれていない。
それなのに、腕の中で眠る岬は、穏やかで幸せそうな寝顔をしていた。
愛しさは、熱く抱き合っている時だけじゃなく、こうした何気ない瞬間に込み上げて、俺をとてつもなく幸福な気分にした。
ただ、傍にいる幸せ。
俺が岬といるだけで幸せであるように、岬もそうだといい。
岬の寝顔はそうだと伝えている。
それが嬉しく、だがまだ全然足りないとも思う。もっともっと幸せにしてやりたい。
岬を起こさないように優しく髪を撫でてやる。
果たして俺は、こうして傍にいることで、どれだけ岬の幸せを築けるだろう。
今日俺はナイターがある。もちろん岬を招待するつもりだ。もう暫く、家を出る時間までは、岬をこのまま起こさずにいたい。
明日はオフ。予定は岬の為に全部開けた。
「…岬、明日はデートしような。」
とりあえず今のこの借りの分は、今夜たっぷり利子を付けて返すからなと心に誓いながら、俺は岬にそっと口付けた。



END

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