バザール2

□雨の匂い、君の香り
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教室のドアを開けて「おはよう」と皆に声をかけると、いつもとは違うニヤニヤ笑いと歓声が僕を待っていた。
一拍遅れて、一緒に登校してきた若林くんが教室に足を踏み入れると、囃し立てる声が格段に大きくなる。
「なんだ同伴かよ。」
「やるねー。昨夜は泊まりか?」
「おい、お前らいつからだ?」
「岬いいのか、例の先輩が知ったら泣くぞ。」
「…えっ、なに、一体?」
見渡せば黒板に大きく僕と若林くんの名前の相合傘が書かれていた。
それだけならまだしも、僕と若林くんの名札を付けられたへのへのもへじが傘の中で抱きあってキスしている。
「……っ」
飛び散るハートマーク。吹き出しの台詞には、愛の告白と露骨で卑猥な台詞の数々。
息が止まって、全身が一気に熱くなる。
…見られたんだ。昨日。
若林くんと二人で帰ったところを。
『…岬、目を閉じて?』
その時の若林くんの声音を思い出して、僕は顔から火が出そうになる。
「…何だよ、これは。」
一段低い若林くんの声に我に返って、それから一気に青ざめた。
隣を見上げると、同じタイミングで若林くんと目が合ってしまい、慌てて反らす。
「馬鹿か、お前ら。俺が岬とキスなんかするかよ。」
本気の怒声に全員が一瞬静かになる。
だけどそれだけで周りは収まらなかった。
「隠すなって、若林。目撃者だっているんだぜ?」
「そうそう、素直に吐いちまえ。応援してやるから。」
「馬鹿。誰だ、見たなんてテキトーな事言った奴。欲求不満か。俺は目にゴミ入ったって言うから取ってやっただけだぜ。」
「おいおい、そりゃネタだろ?」
そこかしこからブーイングの声。
「ったく、くだらねえ。勝手に言ってろ。」
若林くんは怒りで周りを威圧しながら、黒板のイタズラ描きを消していく。
「なあ、いいのか岬?…旦那はあんな事言ってるぜ?」
まだしつこく聞いてくるクラスメイトに閉口した。
「…旦那じゃないし。本当だって。男同志で、そんなことするわけないじゃない。」
笑いたかったのに、苦笑にすらならない。
「それにしても、マンガみたいに実際見間違えられるもんなんだね。それにびっくりだよ。」
若林くんは嘘をつかない。だから、僕はキスなんかされていない。
さっきまで、教室に入るまでは、楽しそうに笑っていたのにな。
黒板消しを置いて席に戻る若林くんの横顔は本当に不機嫌そうで、もうそれ以上は見てられなかった。
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