バザール2

□MILK
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久しぶりのオフの午後。
「若林くん、お待たせ。」
岬がコーヒーの良い匂いを漂わせながら、台所からマグカップを二つ持ってやって来る。
ブラックを俺の前のテーブルにコトリと置いて、自分はカップを抱えて俺の隣に腰をおろした。
「DANKE.…部屋寒くないか?」
岬は俺と同じでシャツ一枚。
俺が暑がりなので部屋の設定温度はいつも低めだ。
「ん…平気。飲み物も毛布もあるし。」
岬は自分のカフェオレを一口ふくみ、ブランケットにくるまる。
「それに俺もいるしな。」
岬がカップを持ってる事に構わず、ブランケットごと抱き締めた。
「わ、こぼれちゃうって」
岬が抗議の声をあげたが気にしない。
抱き締めると、岬からは甘いミルクの匂いがした。
「…こぼすなよ?」
囁いて岬の頬にキスする。
「ちょっと待っ…」
「俺の事は気にしないで、飲んでろ。」
「…無理…っ」
岬が身体を硬くする。
頬と耳にキスをしてから、動きを止めてしまった岬を仕方なく解放してやった。
「そろそろ慣れてくれないか?」
毎回俺のキスで石化してしまう岬を見て苦笑する。
「…慣れ…たよ、少しは。」
岬は赤くなった顔を俺に向けて、距離を取るかのようにジリジリと後退する。
「まあ、抱き寄せただけで悲鳴はあげなくなったけどな。」
思い出して笑ってしまった。
恋人同士になった途端、岬は俺のスキンシップにいちいち過剰に反応するようになった。
それまでは平気な顔で同じベッドで寝ていたくせに、抱き寄せようとしただけで悲鳴を上げられて途方に暮れた。
初めてキスした時も、石化どころではなく、時間を止めてしまったくらいだ。
そう、あの時も確か、岬の唇からは微かに甘いミルクの匂いがした。
「…えっと、それは、でも、…待っててくれるって、…」
「もう1週間待ってる。待ってるだけじゃ先に進まないだろ?もっと岬に俺の事を慣れてもらわないとな。」
満面の笑顔で返すと、岬の笑顔は強張った。
「え、…い、今?」
「夜だと岬がもっと脅えるだろ?」
「で、でも、せっかく淹れたコーヒーが冷めちゃうよ?」
「冷めるくらい、してもいいのか?」
「ちが」
「キスだけ。」
「ちょっ」
「キスだけだから。」
「待っ」
「俺に慣れるんだろ?」
後ずさる岬をソファの端まで追い詰める。
「…岬?」
「……ん」
耳まで真っ赤に染めながら、僅かに岬が頷いた。
「キ、キス…だけ…だよ?」
可愛い恋人に、俺はにっこりと微笑み返す。
岬の手からカップを取り上げてテーブルに置く。
頬に手を添えて、ほんの一瞬口付けた。
それでも岬はやはり硬直したまま。
「…岬、何が恐い?…俺か?」
顔を近付けたまま、なるべく優しく囁く。
「…そんなに俺が信用できないか?」
「違う…よ。緊張するの。」
「俺もしてる。」
「嘘だ。」
否定の声は素早かった。
「…岬、ほら。」
岬の手を導いて自分の胸に押し当てた。
我ながら凄いと思えるほど鼓動は早く激しい。
たかがこんなキス一つで。
「………」
岬は本当に驚いた顔で俺を見つめ返した。
「お前だけじゃないから、安心しろ。」
笑って、もう一度軽くキスしてから岬の手を離した。
岬の淹れてくれたコーヒーに手を伸ばして、一口飲む。
岬が淹れてくれると、旨さが増すような気がする。
「…ちょっとだけ」
「ん?」
「…安心…した。」
岬が小声で言って、マグカップを口に運ぶ。
つい笑ってしまった。どこまで可愛いんだろう。
「あのさ、岬、」
「ん?」
「いや、これ飲んだら、またキスしてもいいか?」
手を伸ばして、岬の髪を一撫でする。
岬は赤くなったまま動かない。
二人だけの午後。
辺りを包むコーヒーの香りと、岬から漂う甘いミルクの香り。
「……うん。」
俺は微笑んで、幸せな気分でコーヒーを口に運んだ。
岬の刻む鼓動も、岬の舌に残るミルクの甘さも、早く味わいたいと思いながら。



END
(初出20090301)
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