バザール2

□待つよりもいっそあげよう
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「見ましたか、岬さん?」
久しぶりに日本に帰国した若林くんが、隣に座る僕を見つめてやけに楽しそうな様子で言った。
僕の部屋でコタツに入って、珍しく大人しくテレビを見ているなーなんて思っていたのに。
若林くんが僕に向かって敬語を使って下手にでる時は、大抵何か下心がある時だ。
「…何を?」
「今のCM。“待つよりもいっそあげよう”か。へー、変わったな、日本も。」
最近テレビで見かける、男からのバレンタインチョコを勧めるCM。
「…それが何?」
「なあ、今年は俺にチョコある?」
「………」
その期待に満ちた満面の笑みが怖い。
「…えーっと、ドイツ在住の君が、日本のチョコレート会社の宣伝文句に踊らされなくてもいいと思うんだけど?」
「別にいいだろ?…どこに住んでようと心はいつでも日本人だぜ。」
誇らし気な様子に思わず嘆息する。
「だって、元々女の子のイベントでしょう?…ファンからも色々貰うのに、若林くん、全然必要ないじゃない。」
「解ってないな。他の奴からもらっても意味ないんだよ。好きな相手からじゃないと。」
「………」
若林くんは僕の目をまっすぐに見つめて、にっこりと笑う。
「待ってるんだぜ、毎年。岬のチョコ。」
なんで若林くんは照れずに言えるんだろう。
好きだとか、愛してるとか、一生大切にするとか。
若林くんは何でもない言葉のように口にする。
自分には重すぎる言葉だと思ってずっと避けていたのに、若林くんの言葉をつい受け取ってしまったのは、あまりにストレートで重みを感じなかったからだ。
そうしていまだに返事をしない臆病な僕を、やはり何でもないことのように受けとめてくれている。
「しょうがないな。今年もまた身体で払ってもらうからな?」
若林くんは楽しそうにニヤリと笑って僕を抱き寄せる。
一度君を手に入れてしまったら、もう手離せなくなるから。
だから。僕は自分から好きと言えない。
「岬、愛してる。」
押し倒されて、覆い被されて、口付けされて。そして当たり前のように甘く囁かれる言葉。
「………」
刹那のその言葉が永遠ならいいのに。
「…岬、そんな顔するなよ。バレンタインは逃げないから、何年だって気長に待つさ。」
優しいキスが降ってくる。
「俺はお前がどう思おうと離さないからな。」
いつも最悪の事態を想定せずにはいられないのは性分。
でも、そのまっすぐで温かい瞳で見下ろされると、何もかも信じられそうな気がする。
「それに岬はさ、身体の方が正直だから。」
色々な場所にキスを落としながら、僕の反応に若林くんはクスリと笑う。
言われて頬が熱くなった。
一番最初、ドイツで何も言わずに押し倒された時も、驚きはしたけれどほとんど抵抗はしなかった。
嫌だと思わなかったから。
それに、本当は。
若林くんが来ると知って、冷蔵庫の片隅に僕の想いを用意してある。
僕達はもしかしたら順番が逆なのかも知れない。
若林くんに告白されたのは、そうやって深い関係になった後だった。
でも、そんな順番はきっと大したことじゃない。
今の自分の気持ちに正直に、勇気を出すこと。
望みもしない結末をただ待つよりも、いっそ。
「…若林くん、」
「ん?」
いっそあげるから。
「………好き。」
「…ん。俺も。」
若林くんが優しく答えて、今まで見た事がないくらいとても幸せそうに笑う。
その一言の会話だけで、お互いの体温が上がった気がする。
「チョコも、本当はあるけど。…食べる?」
「ああ、もちろん。でも今は、岬が欲しい。」
絡めた指先をきつく握りしめて、若林くんは優しくて情熱的なキスをした。



END
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