図書館2(小説)

□眠れない夜
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僕は広いベッドの中で何度目かの寝返りを打ち、諦めて両目を開けた。
…眠れない。
体は疲れているのに、心が興奮したまま。
時計を見る。
若林くんにおやすみと言われてから1時間は経っている。
初めて訪れたドイツ。若林くんの家。その客室。
若林くんはもう寝てるだろうか。この壁の向こう、廊下を挟んだ反対側。距離にしたら、ほんの数メートル先で。
目を凝らしても、当然若林くんの姿は見えない。
こんなに近くにいるのに。
軽く吐息をつく。
同じ部屋で眠れたらよかった。
そうすれば例え眠れなくても、若林くんの寝顔を一晩中眺めていられたのに。
僕は仕方なく布団を被り直す。
今日は本当に夢のような一日だった。
三年振りに突然現れた僕を、若林くんは変わらぬ笑顔で歓迎してくれた。
一緒にサッカーをして、食事をして、こうして家にも呼んでくれて、遅くまで語り合った。
懐かしくて、誇らしくて、嬉しくて、…そして。
慌てて寝返りを打って、必死に自分に言い聞かせた。
…期待しちゃいけない。
若林くんは、誰が来てもきっと同じ笑顔で、同じ態度で接するだろう。
翼くんでも、井沢くんでも、森崎くんでも。
あの笑顔は共に戦った仲間に向けられたもの。
決して僕が特別な訳じゃない。
例え僕が……。
ああ、だから、こんな事ばかり考えてるからいけないんだ。早く眠らなくては。
そう思えば思うほど、今日の出来事が、若林くんの姿が、心の中で勝手に再生されてしまう。
「………」
…再会の時。
驚いた顔で僕の名前を呼んだ若林くんは、次の瞬間、心底嬉しそうに僕を抱き締めてきた。
それは只の再会の挨拶。頭では解ってる。
それなのに、若林くんの逞しい腕の中で、僕の心臓は不自然に高鳴った。
こうして思い出しただけで、今も。
駄目だ。
唇を噛み締める。
どうして。
どうして気付いてしまったんだろう。自分の心に。
…こんなにも。
苦しいだけなのに。


雑誌に載ってる若林くんを見て、この偶然は必然だと思った。
一目だけでも逢いたくて、ありったけの勇気を出して、列車に飛び乗った。
再会という、その大きな喜びの代償は、決して報われないであろう自分の恋心を自覚することだった。


夜が静かに更けていく。
まだ。
この時の僕はまだ、何も知らない。
小指の先の赤い糸が、誰に繋がっているのかを。



END
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