図書館2(小説)

□雪月花
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最近の俺は少しおかしい。自覚は充分あった。
練習を終えたその足でジムに向かう。マシントレーニングを次々こなしながら、汗をかく。帰宅は深夜。
倒れ込むように眠って、早朝からランニング。
休みの日は殊更身体を鍛えまくった。
「…やり過ぎはよくないぞ。無駄な筋肉は身体が重くなるだけだ。」
「解ってるさ。」
余計な事を考えたくないだけだ。家に独りでいると、否応なく思い出してしまうから。
「今日は休め。トレーニング禁止。」
ついにトレーナーに追い返された。


家に帰るとまずポストをチェックする。
…今日も来ていない。
失望する自分に苦笑。

『僕は手紙を書かないから。』
『書きたくないなら、それでもいい。俺は書くから、連絡先を教えろ。』

本当はこんなにも待ち望んでいる。
俺が送った写真と手紙はもう届いてるはずだ。
届いたよ、そんな一言だけでもいいからと、つい願ってしまう。
玄関を開ける。

『若林くん、おかえりなさい。今日の練習はどうだった?』
『どうっていつも通り…なんか凄え良い匂いがする。』
『今夜は和食。食べたいって言ってたから。肉じゃがとかお味噌汁って、久しぶりじゃない?』

暗い部屋の電気をつける。汚れ物を洗濯機にかけて、その間に一人分の食事の仕度をする。

『若林くん家って、何でも揃ってるんだね。もしかして、料理得意なの?…なんだか意外。』

とりあえず、ウイスキーを開ける。

『若林くんってお酒飲みながら、料理するんだ…昔テレビで見た外国の料理番組みたい。』
『…飲むか?』
『…じゃあ一口だけ。』

適当に肉や野菜を炒める。冷蔵庫からポテトを取り出す。パンを温める。

『いただきます。…うわぁ、ちゃんと美味しい。』
『ちゃんとって何だ。』
『だって、意外なんだもん。南葛のみんなが知ったら、きっと驚くよ。僕が若林くんの手料理をご馳走になったなんて。』

独りのテーブルで、食事をする。目の前には誰もいない。
ほんの一週間前には、ここに岬がいた。数日一緒に過ごした。
ただそれだけ。

『…若林くん。聞いて。今日ね…』

元の独り暮らしに戻っただけ。

『…若林くん。』

俺はきっとおかしい。自覚はある。
…充分過ぎるほど。
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