図書館2(小説)

□夏のロマンス
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順応力の高さには自信がある。
新しい学校、新しい人間関係。戸惑っている暇はない。僕にはいつも限られた時間しかないのだから。


初めてドイツに行った時、片言のドイツ語で買い物をする僕を見て、若林くんは笑った。
「…僕のドイツ語、変だった?」
「いや。俺の最初の頃より上手いぜ。」
「…?」
じゃあなんで笑われたんだろう。
「岬太郎らしいなと思っただけだ。」
ますます解らない。
若林くんを見上げても、それ以上は語る気はないみたいで爽やかな笑顔に躱された。


一瞬一瞬を楽しむ事は僕の特技だ。
実際、とても楽しい。
ハンブルグは時間の流れ方が穏やかだ。ドイツの空気は、日本のそれとよく似ている。
外れとはいえ、国際都市のパリにずっといたので、単一民族しか住んでいない町の様子も、日本を思い起こさせる。


「若林くんって、どこにいても若林くんだね。」
「そうか?…これでもだいぶ大人になったんだぞ。昔よりはキレる回数が減ったからな。」
僕は笑う。
「減っただけ?じゃあ、まだキレたりするんだ。」
「それはまあ、必要に応じて。」
若林くんもニヤリと笑った。
「若林くんの武勇伝は、石崎くんから色々聞いたけど。」
面白可笑しく教えてくれた。ただ、僕は見たことはない。
「…なに言ったんだ、あいつ?」
途端に嫌そうな顔をする。そんなに身に覚えがあるのかと思うと、笑えてくる。
「…岬、笑いすぎ。」
僕は口元に笑みを残したまま、若林くんの顔の方に手を伸ばした。爪先立ちになって、顔を近付ける。
若林くんが一瞬固まった。
「…ここに、」
若林くんの前髪を指で払う。
「傷があるって聞いた。」
現れた額に、目を凝らす。僕と同じ場所に微かな傷跡。やはり同じようにゴールポストにぶつかってできた傷だと聞いた。
「お揃いだね。」
三年前の夏に同じような傷を作って。同じような時期に日本を離れて。
今は、こうして目の前にいる。
笑いかけるのと同時に、唇が一瞬塞がれた。
「……え…」
………な…に?
…今
頭の中が真っ白になった。
若林くんは真剣な瞳で僕を見つめていて、いつのまにか僕の腰にまわされた若林くんの腕が僕の体を支えている。
「………」
若林くんは何も言わない。
僕は若林くんの次の反応を待って動けず、結果的に僕達は暫く無言で見つめ合った。
「…岬、」
「…なに?」
「……せめて、嬉しいか、嫌なのか、感情をだしてくれないか?」
やがて、困り切った口調で若林くんが僕に告げた。
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