図書館2(小説)

□HAPPINESS
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「…岬、お前何でそんなに可愛いんだ?」
しみじみとした若林くんの声に驚いて手元のご飯から顔を上げる。
正面に座る若林くんが蕩けそうな眼差しで僕を見つめていた。
今は夕食の真っ最中、しかも久しぶりの日本食だというのに、若林くんの箸は完全に止まっている。
「…若林くん、すごく幸せそうな顔してるよ。」
「幸せだからな。」
力説された。思わず笑ってしまう。
人の感情は空気感染すると思う。
僕と二人でいるときの若林くんは、いつも幸せそうだ。サッカーをしている時とは全然違う、穏やかで優しい顔。
だから僕もすごく幸せになってしまうのだけれど、もしかしたら僕の幸せな気持ちが若林くんに伝染してるのかもしれない。
「……昔は苦手だったのにな。可愛いって言われるの。」
箸を運びながらぽつりと言った。
物心付いた頃から、女子に間違えられる事が多かったせいか、可愛いとよく言われた。
そのたびに困ってしまった。相手は称賛のつもりで笑顔で僕に言うのだから。
「…嫌だったのか?」
「僕だって男だもん。嬉しくはないよ。」
不快を表現したことはないけれど内心は複雑で、笑顔で逃げる術を覚えるまでは苦手な言葉の一つだった。
「でも、可愛い。」
じっと見つめられて優しく微笑まれてしまうと、動けなくなる。
「凄い可愛い。」
「………」
だんだん顔が火照ってくるのがわかる。
嬉しいのとは少し違う。くすぐったくて、恥ずかしくて、幸せな気持ち。
どうして幸せになってしまうんだろう。若林くんにそう言われるだけで。
顔が熱くなる。胸がドキドキする。
一緒に住み始めてずいぶん経つのに、今だに僕はこんな単語一つで心臓が爆発しそうになっている。
…きっと。
若林くんが幸せな気持ちで僕に伝えるからだ。
幸せな若林くんを見ると僕が幸せになるし、幸せな僕を見て若林くんも幸せになってしまうんだろう。
幸せの無限ループ。
ご飯どころではなくなって、見つめ合ったまま動けなくなる僕達。
「…えっと、…とりあえず、ご飯、食べようよ。冷めちゃう。」
照れながら、それでもなんとか箸を動かす。
若林くんも苦笑しながら、食事を再開し始めた。
時々相手を盗み見ると、同じタイミングで目が合ったりして、そんな事にまた笑ってしまう。
幸せには上限がない。
こうして目の前に若林くんがいること。一緒に食事をして、二人で笑うこと。
当たり前の事が凄く幸せ。

『…岬、お前何でそんなに可愛いんだ?』

何が可愛いことかは解らないけど。
それはたぶん、僕が幸せだから。
そして、こんなにも二人で容易く幸せになれるのは、僕も若林くんも知っているからだ。
僕が存在することも、若林くんが存在することも、二人が出会ったことも。
当たり前の事なんて本当は何一つない。
あるのは奇跡だけだってことを。



END
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