図書館4(小説)

□愛を奏でる
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「ぁ…はぁ…っ」
濡れた唇を音をたてて離すと、岬は切なげに小さく吐息を洩らした。
髪を撫でながら、額や頬にも何度も優しく唇を落とし、些かの抵抗もない事をそっと確認する。
「…岬…」
耳元で囁いて、唇で舌で触れる。
湿った吐息がまた岬の唇から溢れ落ちていく。
ピアニッシモ。僅かに空気を揺らす甘い響き。
俺の理性を狂わせる甘い旋律。

岬の身体はまるで高級な楽器のようだ。
15の時に手に入れて、初めてこの手で触れた時は、まだ扱い方もよく判らなかった。
だから岬の吐息は羞恥にまみれ、どこか痛々しく苦しげで、悲鳴すら混じっていたものだ。
それからゆっくり時間をかけて、愛情をかけて、少しずつ慣らして俺を教え、岬を知った。
今ではすっかり俺に馴染んで、どこをどんな風につま弾けばどんな音色を奏でるかも良く知っている。

俺が触れる度に艶っぽく色付いていく旋律。
「…岬、…岬、好きだ…」
「…っ…ぁ」
震える細い指先が俺の服を掴む。
閉じた瞼に唇を落とす。わななく唇から漏れる吐息。
岬の身体をまさぐっていた手を滑り込ませると、触れ合った素肌は熱を増し、甘い旋律は速度を早め、ピアニッシモから徐々にピアノへと変わっていく。


『俺って淡白だよなぁ。』
『え?』
『あんまり性欲が無い。』
俺の洩らした呟きに、岬は大袈裟に目を見開く。
『淡白って言葉の意味、分かってる?…僕いつも夜寝かせてもらえないのに?』
『それは、岬が喜ぶからやめられなくなるんだ。』
『…なにそれ、僕のせいみたいに。』
可愛らしい顔で睨まれた。
『いや、あのな。俺、結構平気なんだよ。お前がいない間。』
『……へぇ、平気なんだ。ふぅーん。』
『睨むなって。あ、勘違いするなよ?お前がいなくて平気なんじゃなくて禁欲すんのが平気って意味だ。…俺、お前以外の奴には全然興味わかないし。』
岬だからこんなにも欲しくなるだけ。
『…ふぅん。』
『お前の恋人は大変モテるが、遠距離恋愛でも浮気の心配が全くないって話だ。…良かったな、岬。淡白な俺が相手で。』
『……そう、やっぱりとってもモテるんだ若林くん。』
岬は、俺の意図とは全く別の所に反応して唇を尖らせる。
『拗ねるなよ。お前の方がモテるだろ?』
『そんなことないよ。』
そんなことないわけないだろ。老若男女にモテるくせに。
全くお前を手に入れるのにどんだけ俺が苦労したと思ってるんだ。
俺は思わず苦笑して、微妙にズレてしまった話を元に直す。
『だいたいな、…俺が今まで自分の欲望を優先して、お前に何か無理強いした事があったか?』
『それは、……確かに、ない…けど。』
言いよどむ岬を素早く抱き寄せる。
『だろ?…だからさ、そんな事をするよりも、』
…ただ自分の身体の快楽を追うよりも。
顔を近付け、そっと岬に囁く。
とっておきの秘密を打ち明けるように。
『…お前を気持ち良くさせるのが好きなんだよ、俺は。』
その方が、ずっと気持ちいい。


赤く染まった可愛い顔を思い出す。
岬を前にすると、悦ばせてやりたくなる。
感じきってる岬の色っぽい顔と素直な身体が好きだ。
上擦った吐息と甘い声音が好きだ。
好きで好きで好きだから。
もっと、いつまでもずっと感じさせたくなる。

「…岬…」
…たぶん。
こんな事を言ったら、お前はまた赤く染まった顔で不本意そうに睨み付けるだろうが。

「わか…ば…やしく」
切なげに、途切れては繰り返される旋律。
「あっ…ん…っ…ぁあ」

きっと俺なんかよりも、お前の方が。

「…か、ばやし、くんっ…あ…お願…」

俺は目を細めて、乱れる岬を眺め、口元に笑みを浮かべた。
岬の体温が上がるごとに、俺の身体が熱くなる。
久しぶりの逢瀬。
秋の夜は長く、時間はたっぷりあるから。
色っぽく艶やかに鳴き続ける俺だけの美しい楽器を、今夜も存分に奏でてあげよう。

…お前の、望み通りに。



END
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