図書館4(小説)

□恋人とお化け屋敷
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「岬、手を繋ぐか?」
「ううん。僕、こういうの結構平気。」
「…そうか。」
少しの期待と多大な下心は、岬の笑顔で一刀両断された。
久しぶりに日本に帰国し、せっかくの機会だからと、怖いと評判のお化け屋敷に誘ったのは俺だ。
中は薄暗いし、涼しい。夏の盛りのデートにはうってつけだった。
「怖かったら、いつでも俺にしがみついていいからな?」
「若林くんこそ、遠慮なく怖がっていいからね?…みんなには内緒にしといてあげる。」
お互いに笑顔で軽口を叩きながら、入口をくぐる。
予想通り、室内はひんやりとして、とても薄暗い。
どうやら廃校をモチーフにしてるらしい。
消えかけの裸電球と明滅する非常灯。手持ちの懐中電灯が頼りになるので、それは岬に持たせた。
前に入ったカップルや学生グループがキャーキャー騒いでいるのが時折遠くから聞こえてくる。
「あれだけ騒いでくれたら、ここのお化けも嬉しいだろうな。」
「そうだね。行こ、若林くん。順路こっちみたいだよ。」
「岬、ちょっと待て。こっちに来い。」
「なに?…怖くなった?」
「いや、ここ。ここに立つと冷たい風が来る。ちょっと涼んでこうぜ。」
「もうっ。」
岬は笑う。笑いながらやって来る。
「あ、本当だ。」
「だろ?」
「なんか変な声も聞こえない、ここ?」
「気にすんな。どうせ録音だ。」
辺りは薄暗く、もちろん他には誰もいない。俺は目の前にやって来た岬の白い項にキスをする。
「もうっ。行くよ!いくら暗いからって、次また変な事したら置いてくからね!」
岬が俺を振り払って早足で歩いていく。
激しく揺れ動く懐中電灯の灯りを、俺は笑いながら追いかけた。



渡り廊下。教室。職員室。体育館。理科準備室。音楽室。トイレ。保健室。
若林くんは辺りを見回しながら、呑気に「懐かしいな」を連発している。
突然、廊下の灯りが消えたり、近付いてくる足音が聞こえたり、ドアが閉まったり、窓ガラスに人影が浮かんだり、ロッカーがガタガタ揺れたり。
さすが評判になるだけあってそこかしこに色んな仕掛けがあって恐怖心を煽るんだけど、若林くんは本当に怖がってないようだった。
そういえば若林くんって、ホラーもスプラッタも平然と見てられる人だったっけ。
大物なのか、それとも鈍感なのか。
「なあ岬、いつでも手を繋いでいいぞ?」
「平気。…あ、でも」
「ん? 」
「やっぱり繋ぐ。」
「ん。…どうした怖くなったか?」
「…違うってば。」
からかう口調とは裏腹に、若林くんの手は優しく力強く僕を包む。
その温もりに安心する。悔しいくらいに。
「岬、もっとこっちに来い」
若林くんにそのまま引っ張られて腕の中に閉じ込められた。
フワリと抱き締められて、思わず目を閉じる。
それですぐに離してくれると思ったのに。若林くんはそのまま動かない。
嫌な予感。
「若林くんっ」
「んー、やっぱり岬は気持ちいいな。」
「ちょ、ちょっと。離して。若林くんっ、誰か来たら」
「来ない。」
一瞬の隙が命取りとはこの事だ。
慌てて抜け出そうともがいても、今となってはがっちりと抱き締められていて逃げられない。焦る。
「で、でもっ、ほら幽霊役の人がどこかで見てるかもしれないよ?」
「気にするな。」
「駄目だって。」
「大丈夫だ。見られて困るような事はまだ何もしてない。」
まだ?
まだって何?
「それにどうせこの中は暗いから、見えないだろ?」
「丸見えだよ、僕達は懐中電灯持ってるんだよ?」
「…なら、消そうか?」
違う恐怖で心拍数が上がる。
若林くんならやりかねないし。その後の事は怖くて考えたくもない。
いくら薄暗いからって、ここは公共の施設内でお化け屋敷なんだよ?
もしかしたら、今だって監視用のモニターか何かに僕達の姿が映ってるかもしれないのに。
「岬…」
「変な事したらっ」
「ん?」
「いくら若林くんでも嫌いになるからね?」
若林くんは動きを止める。
「…岬。冗談だって。」
若林くんは本当に困ったように笑って、そっと僕から離れた。
それでも離れる前に、しっかりさりげなく唇を奪っていったのは、さすが若林くんとしか言いようがなくて、僕はちょっとだけ微笑ってしまった。



END
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