図書館4(小説)

□思い出話
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「…わっ」
不意にバランスが崩れて僕は小さく声を上げた。
よろけたのは僕ではなく、若林くん。
若林くんに体を支えてもらってた僕も一緒によろめいて、ちょうど壁と若林くんに挟まれてしまった。
抱き寄せられていたから、動けない。
若林くんがすぐさま壁に手をついて、態勢を立て直す。
「…っと、悪い。大丈夫か?」
「……うん、平気。…ごめん。若林くんも、怪我が酷いのに。やっぱり僕、独りで歩くから。」
全国大会決勝戦後。ゴール前で倒れた僕は若林くんに助け起こされ、支えてもらい、今は医務室までこうして二人で歩いている。
若林くんもこんなに足を怪我してる。これ以上迷惑はかけたくない。
若林くんは笑った。
「いや、俺が無理。岬を支えにしてるからな。」
嘘だ。体重なんてほとんどかかってこない。
そう思ったけど、そう言われてしまったら離れられなくなった。
本当に支えになっていればいいのにと思いながら、若林くんの負担にならないよう慎重に歩く。
そして時々こっそり若林くんの表情を窺った。
いつもと変わらない若林くんの横顔。
僕はその事に気付いてたけど、それこそ一生懸命気にしないようにしてた。
これは何でもないこと。僕が一人で勝手に意識してるだけ。
さっき若林くんがよろけて壁に挟まれた時に、…唇が触れたけど。



「ああ、あれか。わざとだ。」
数年後、ハンブルク。勝手知ったる若林くんの家のリビングのソファの上で。
当の本人の若林くんは、いけしゃあしゃあと笑って言ったのだ。
「…わざと?…じゃあ、僕にキスするために、若林くんはよろけたフリしてたって事?」
つい大声が出てしまう。
あの時、すっごく若林くんの足の怪我の心配したのに。
どうしようってたくさん悩んだのに。
「いや、体がよろけたのは本当だ。それで気付いたら、岬の顔が目の前でさ、…ああ、まあいいかってよけなかった。」
「何それ。」
「あれがもし日向だったら、間違いなくよけてたな。」
若林くんは真面目な顔で、うんうんと頷いている。
「…自覚があったなら、普通はもっと照れたり、焦ったりするんじゃないの?」
「それはあれだな。岬と唇がくっついたとしか考えてなかったからな、あの時は。」
「………」
「どうした?」
なんか、悔しい。
「僕なんか内心大パニックだったんだからね?」
「そうだったか?…岬だって態度変わらなかったような気がするが。」
「だって、それは若林くんがキスなんてしてないみたいな態度だったから。…僕だけ独りで大騒ぎできなかったんだよ。」
小さな声で答えると、若林くんは笑った。
「本当に大変だったんだよ?…若林くんは何でもない顔してるし。でも、間違いなくキスしちゃったし。初めてなのに、相手は友達だし。男同士だし。どうしよう。父さん、ごめんなさいって。」
若林くんは大笑いしてる。
あんまり悔しくて、上目使いに睨みつけた。
「もうっ誰のせいだと思ってるの?」
「俺だろ。」
得意気な表情の若林くんは僕の身体に腕を回す。
慣れた動作で当たり前のように僕を抱き寄せて、笑いながら唇を寄せてくる。
「まだ思ってるのか?…『父さん、ごめんなさい』って?」
「思ってるよ。」
即答すると、若林くんが驚いたように動きを止めた。
ほんの微かに眉根を寄せる。
僕は笑いながら、自分からそっと若林くんに口付けた。
思ってるよ。君とこういう関係になってから、ずっと。
「…『父さん、ごめんなさい。太郎は幸せです。』って。」



END
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