図書館4(小説)

□こいのぼり狩り
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「岬、これからこいのぼり狩りに行こうぜ。」
最終便で帰国した若林家の三男坊は、出迎えに来た僕の顔を見るなり、そう言って笑った。
「こいのぼり狩り? 今から?」
「ああ。」
「……えーっと、若林くん。」
「ん、何だ?」
「それどこでやるの?」
「群馬県にな、世界一の掲揚数を誇るこいのぼりの川があるらしい。」
「へえ、そうなんだ。知らなかった。」
関東圏なら、それほど遠出にはならないかな。
深夜なら道も空いてるし。
それより。
「……そこのこいのぼりって勝手に狩ってもいいの?」
「いや、それは駄目だろ。勝手に捕ったら。」
「苺狩りは苺を狩るよね。」
「紅葉狩りは紅葉を狩らないぞ。」
「…そうだね。」
紅葉をただ愛でるだけ。
「ん? 世間では、こいのぼり狩りって言わないのか?」
「知らない。僕は初めて聞いた。若林くんの家ではそう言ってるの?」
「いや、俺も初めて使った。なあ、行こうぜ、岬。こいのぼり狩り。世界一なら見ないとな。」
若林くんはそう言って楽しそうに笑った。



「さき、…岬。」
若林くんが僕の名を何度も呼ぶ。
「…ん」
久しぶりに若林くんと身体を合わせたせいか、組み敷かれた僕の身体はすぐに熱を帯びて熱くなった。
もっと激しくされてもいいのに、今夜はなかなか優しいキスから先に進まない。
じらされて、じらされて、切なくて、もどかしいくらいで。
ついばむような軽いキスが続く。
もっと。僕に触れていいのに。もっと感じさせて欲しいのに。
「みさき…」
「ん」
優しいキスだけじゃ、全然足らない。
お願い。もっと。
「…若林くん、もっ…と。」


「もっと、何だ?」
目を開けると、若林くんが目の前にいた。
助手席に座る僕に覆い被さるように。
ニヤニヤ笑いで。
「岬?」
そのまま軽いキスをされる。
「お前って、本当にキスじゃなかなか起きないよな?」
「………」
…ああああっ、恥ずかしい。
どうやらさっきの僕は夢を見ていたみたい。
「お前、昔はちょっと触っただけでもすぐ飛び起きてたのに。」
そんな昔の事を、今更ここで言われても。
「だって、昔は…」
僕は何もわからなくて。
色々、怖かったし。
「今はキスしても平気で寝続けるんだよな。返事してても寝てる。」
それは。
あのキスも、僕を何度も呼ぶ声も、夢の中だと思っていたからで。
決して、僕が寝汚い訳では。
「で、もっと、何だ?」
「え?」
「教えてくれたら、やってやろうか、今ここで。」
囁かれて、想像して、一瞬で身体が熱くなって。
「教えない。」
キッパリ否定したのに、全てを見透かしているかのようなニヤニヤ笑い。
「じゃあ、後でじっくりな。」
全部バレてる。絶対に。
若林くん、目が笑ってないよ。
「…あれ、着いたの?」
「ああ。こいのぼりの里だ。」
夜通しの車移動だったので外はまだ暗い。日の出まではあと少し。
「明るくなるまで待つか?それとも少し歩く?」
「歩く。」
このままからかわれ続けたら、自分がもたないよ。
車から降りて、伸びをした。
そうしている間にも空の深い闇がだんだんと薄くなっていく。
「行こうぜ、岬。」
歩き出す若林くんに肩を抱かれたけど、周りの闇が隠してくれるから、逃げずにそのままでいた。



二人でゆっくりと川辺を歩く。
朝の光に少しずつ照らされて、魚の黒い影が色とりどり鮮やかさに染まっていく。
「凄い数だね。5000匹って。それに川面にも綺麗に映ってるから、10000匹だよ。まさに壮観だね。」
岬が足を止めるから、俺は背後から岬を抱いた。
いつもなら外でのスキンシップに拒絶反応を示す岬だが、今日は嫌がる事もなく、されるがままだ。
「…どうした?」
「何が?」
「お前が嫌がらないなんて、珍しいな。」
「うん。」
岬は幸せそうに楽しそうに、こいのぼりを眺めている。
それだけで、連れてきて良かったと思う。
「…あのね、あとで、教える。」
暫くしてから小さな声で岬は言った。
「ん?」
「“もっと”」
「ああ。」
俺は岬を抱き締める。
今日の岬が嫌がらない訳が、少しだけ分かった気がした。
「あとでな。たっぷり甘えさせてやる。」
岬は小さく笑って、俺に体重を預けてきた。
「岬、誕生日おめでとう。」
抱き締めたまま囁くと、岬はくすぐったそうに微笑んだ。
「ありがとう。」
愛しくて、愛しくて、その柔らかな頬に唇を寄せた。



END
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