図書館4(小説)

□百人一首
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『1月中に会えるなら、じゃあ、今年も持っていこうかな、百人一首。』
そう言った電話ごしの岬の声は、少し弾んでいるようだった。
「おいおい、いいのか?…昨年は俺にボロ負けだったろ?」
『うん。だから、そのお詫びも兼ねてね。今年はもう少し若林くんを楽しませてあげられると思うよ?』
いかにも岬らしい控え目な挑発が珍しくも楽しくて、口元が思わず緩む。
こいつも根っからの負けず嫌いだよなぁ。
俺も人の事はあまり言えないから、同類の岬の事はよく判る。
俺に負けたのが、よっぽど悔しかったに違いない。
昨年、知人にプレゼントされたという百人一首を持参して遊びに来た岬を、俺はほとんど手加減せずに負かしてしまった。
なにしろ俺は遊びの類は家族から英才教育を叩き込まれてきたようなもんだし、『勝負事に情けは無用』が若林家の家訓だ。
たとえそれが密やかな片想いの相手でもだ。
こんな風に喰らいついてくる岬が堪らなく愛しくて、ああ、やっぱり俺は岬が好きなんだよなぁとしみじみと実感する。
「早く来いよ。楽しみにしてるぜ。」
早くお前に会いたいから。
『うん。僕もだよ。』
嬉しげな声が耳を擽る。
それだけで堪らなく幸せになった。



単調な琴の音色を背景に、歌を読みあげる柔らかで平坦な女の声がスピーカーから響く。
勝負はほぼ互角。
岬は言葉通り、格段に腕を上げた。
接戦はやはり楽しい。
そしてそれ以上に、岬がこうして今俺の目の前にいるということが、ただただ嬉しくて愛しくて堪らなかった。
岬は会う度に綺麗になって現れる。
今回はそれがますます顕著で、ふとした時の色っぽさは、ついうっかりと見とれてしまうほどだ。
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