図書館4(小説)

□ラフプレイ
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その時の俺は、ゴールマウスから動けない自分に歯がゆさを感じるようになっていた。
南葛SCになってからだ。
今まで知らずにいた感情だった。

翼の足から放たれたボールが、相手チームのゴールネットを大きく揺らす。
沸き上がる歓声。
「ナイスシュート翼くん!」
「ナイスパス岬くん!」
翼と岬が飛び跳ねるように駆け寄り、満面の笑顔で抱き合う。
小柄な二人は、すぐに他のチームメイトからの祝福を受け、その背に隠れて見えなくなる。
相手ゴール前。
歓喜に満ち溢れたその光景は遥か遠く、その度に自分も駆け寄り、共に喜びを分かちあいたい衝動が沸き上がる。
GKであることの誇りと孤独。
心の内で共に得点を喜びながらも、自分だけが取り残され、かける言葉も抱き締める腕も届かない事が、悔しくて仕方なかった。


「ナイスパス若林くん!」
目の前には、たった今鮮やかなシュートを決めた私服姿の岬がいる。
行方さえ知らずにいた岬が、まさか突然ハンブルクに現れるとは思わなかった。
驚くほど綺麗になった岬。
子供相手に二人でサッカーをして、満面の笑顔で駆け寄ってくる岬を見た瞬間、不意にあの三年前が甦った。
得点後の岬の笑顔。
仲間から頭を撫でられ、肩を叩かれ、抱擁、抱擁、抱擁…。
それらをどんな思いで、ゴール前から眺めていたかを思い出した。
「ナイスシュート岬!」
笑顔の岬と両手を上げてハイタッチして、そのまま腕の中に抱き込んだ。
さらりとした岬の髪が頬を擽る。
あの頃できなかった分、思う存分抱き締めた。
「…わ、若林くんっ…?!」
「なんだ?」
「僕、動けないんだけど…?」
「ああ。俺もだ。」
更に深く抱き直す。
こんなに小さくて温かいのか。
あまりにも気持ち良くて、離そうとしても離せない。
…なるほど。そうか。
今やっと解った。
あの時の言いようのない悔しさの訳。
あれは、独占欲。
俺はずっとこんな風に、岬を独り占めしたかったんだ。
「…えっ?」
岬が慌てた声を出す。
周りの子供達も集まって騒ぎ出した。
「どうしたの?具合悪い?」
見当違いな心配がおかしくて、つい笑ってしまった。
「いや、すこぶる元気。」
元気な証拠に更に強く抱き締めた。
周りからは、明るい野次と黄色い声援が上がり出す。
「若林くんっ、もうっ、放して!このままだと誤解されるよっ」
逃れようとして岬がジタバタと暴れ始めた。
「大丈夫だ、心配するな。」
腕を回したまま、岬の顔を見つめる。
「え?」
「誤解じゃない。」
真顔で言った。
一瞬後、岬の顔がみるみる赤く染まっていく。
「もうっ、若林くん、冗談はやめて。」
「冗談じゃないさ。なあ岬、これから俺んち来ないか?積もる話もあるし。まだこっちにいられるんだろう?」
「…この状態じゃ行けない。」
「来るなら離してやる。」
「そういうの脅迫って言うんだよ?」
「来いよ。それともずっとこのままがいいか?俺はそれでも構わないが。」
「…行く。」
嬉しくなって腕を弛めると、岬がすぐに逃げてしまった。
「行くけど。…次にチャージングしたら、退場だからね。」
態勢を立て直した岬はきっちり距離をとって、見事な防衛ラインを引く。
先手を取られた。
それでも。
遥か遠くでもなく、今ここに、俺の目の前に岬がいる現実に、自然と頬が緩む。
あれが一発レッドにならなかっただけ、きっと未来は明るい。
それに。
「…ギリギリを攻めるのも楽しそうだ。」
見つめた先、まだうっすらと岬の頬は赤い。
「何か言った?」
「いや。」
笑いながら岬の髪をくしゃりとかきまわす。
「ほら、早く行こうぜ。」
遊んでくれた子供達に手を振って別れた。
三年ごしの試合は今始まったばかり。
短期決戦になるか長期戦になるかは、神のみぞ知る、だ。



END
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