図書館3(小説)

□弱点
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不意に若林くんが動きを止めて、顔を上げた。一点を見つめる。
「………」
心ここに有らず。
「…?」
僕はそんな若林くんの横顔を見つめ返す。
「どう…したの?」
二人だけの夜。
「いや、」
ほてりを帯びた身体はそう簡単には冷めない。
それでも、こんな状況でいきなりほっとかれて、その黒い瞳に僕が映ってないなら話は別だ。
「何か…あ」
答えは下からやって来た。
微震。大地が軋んで震えて、その揺れはだんだんと大きくなる。
凄いな。どうやって地震を察知したんだろ?
あんなことしてたのに。
僕は若林くんに手を伸ばす。
「…大丈夫だ。」
大丈夫だよと言う前に、先回りされた。抱き締めるつもりが、身体ごと起こされ抱き返される。
でも、僕を包む若林くんの身体は酷く緊張したまま。
…そういえば。前にも。
南葛FC時代にも、みんなと一緒にいる時に一度だけ地震を体験した。
練習後のミーティングが終わった直後。
やっぱり若林くんはその場の誰よりも早く地震に気付いて、宙を睨んだまま突然動かなくなった。
「…若林くんは、まだ、地震が苦手?」
やがて揺れのピークは超えたらしく、ゆっくりと振動が収まってくる。
僕は当時を思い出しながら聞いてみた。
小学生の若林くんは、いつでもとても堂々としていて、地震に驚いた僕がいきなりしがみついてもビクともしなかったけれど。
ただ握り返された手の力が、あまりに不自然に強くて、思わず若林くんを見上げてしまったものだ。
若林くんからの返事は、震えていた地面が動かなくなって、更に暫く経ってからだった。
「…ああ。地震は嫌いだ。」
不機嫌そうに呟いて、若林くんは大きく息を吐く。
「…若林くんにも苦手な物があるんだ。」
怖い物なんて何も無さそうなのに。地震が怖いなんてなんだか微笑ましい。
「そりゃあるさ。地震は逃げ場がないからな。」
若林くんは窓の外を見る。
「…こんな場所に岬を連れてきて、何かあったら俺の力じゃ守れない。」
つられて僕も窓の外を見やった。遥か眼下に広がるビルの灯り。
僕達は今ホテルの高層階スイートにいるから、もし大事が起これば確かに大変な事になる。
「大丈夫だよ。何かあっても僕が若林くんを守るから。」
若林くんは僕を見て笑った。
「岬が?」
「うん。」
「岬も地震が駄目だったろ?…昔、俺にしがみついてこなかったか?」
「…そうだけど。今は平気になったよ。」
昔ほどの脅威はなくなった。
「俺は、駄目だな。正直、今の方が怖い。」
皮肉そうに笑って、抱き締められる。
「だが、安心しろ。何があっても岬は俺が守る。」
真っ直ぐ真剣に見つめられて、その瞳の強さにドキドキする。
若林くんが本当に怖いのは、単なる大地の揺れじゃなくて、僕が危険に晒される事の方なのかもしれない。
でも、もしかしたら本当に地震が怖くて動けないのかもしれないと考えると、なんだかとても可愛いらしい。
すっかり甘い夜の雰囲気は消し飛んでしまったけれど、こんな弱点がある若林くんを知る事ができて僕は少し嬉しくなった。
ニコニコと笑顔で若林くんを見つめれば、吐息をついた若林くんからキスの洗礼を受ける。
僕の身体はそのままベッドにふわりと倒された。
「…え?」
「続き。」
全く何事もなかったような、いつもの若林くんの強気な顔。
さっきまでのギャップがおかしくて、つい笑ってしまった。
「もう、続きはいいよ。」
「よくない。続きは嫌か?…なら、」
組み敷かれ、のしかかってくる若林くんの身体の重み。熱い眼差し。
優しい口付け。
僕はすぐに、笑った事を後悔する。
「…最初からな。」



END
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