図書館3(小説)

□オトナの扉
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岬は5月生まれで、俺は12月生まれ。
つまり、岬の方が俺より少し大人なんだよなと、今さらそんな事を思い付いて、俺はまじまじと傍らの岬を見下ろした。
首を傾げたくなる。
そもそも年上にすら見えない。単に可愛いだけだ。
「…なに?」
「可愛いな。」
「嘘だ。今、違う事考えてたでしょ?顔に出てたよ。」
嘘は、言っていない。
「いや、出会った頃はさ、岬がもっとずっと大人に見えたと思ってな。」
「え?今でも大人だよ?若林くんより半年も。」
自身の童顔を気にしている岬は、殊更大袈裟に心外そうな表情を浮かべる。
美少女とみまごう顔立ちと、俺より一回りも華奢で小柄な身体の、どこをどう見れば年上に思えるというのだろうか。

…昔、まだ小学生だった頃。
岬の存在を知るまでは、同年代の中で俺が一番強くて、偉くて、そして大人だと思っていた。
両親は海外暮らし、日本一の称号と天才GKの名を欲しいままにし、地元でも有名な資産家の息子の俺には、知り合いの大人も同級生も敬語を使ってきた。
自分でも大人のつもりだった。

「大人?…岬のどこが?」
「どこって、全部だよ。」

岬との出会いは衝撃だった。
両親が不在とはいえ、俺は家に帰ればサッカーのコーチがいて、椅子に座れば食事が出て、クローゼットを開ければシワひとつない綺麗な洋服があった。
それなのに岬はサッカーや勉強ができるだけでなく、家事全般を当たり前のように自分でこなしてきたらしい。
そして、俺と同じくらいの気性の激しさを内に秘めながら、岬は冷静で穏やかでいつも周りを気遣い微笑んでいた。
初めて自分がただの無力で無知な子供に思えた。

「そんなに言うなら、たまには岬の大人なところを俺に見せてくれよ。…どうだ、今夜あたり?」
言外に含みを持たせ、俺は岬に笑いかける。
「もう、何の話してるんだよ?」
「大人の話だろ?」

あの頃は、俺では太刀打ちできないほど岬が大人に見えた。
だが今では、あんなに大人に思えた岬が可愛いくて仕方がない。
腕に閉じ込めて覗き込むように顔を近付けると、いちいち顔を赤くする。
もう幾度となく肌を合わせてきたというのに。

「…岬、知ってるか?…俺を大人にしたのは岬なんだぜ?」
早く本物の大人になりたかった。経済的にも、精神的にも、肉体的にも。
誰よりも大人だったお前を、俺がこの手で支えてやれるように。
「もうっ、昼間っから何の話をしてるのさ?」
俺の囁きに、岬は真っ赤な顔で飛びずさる。
どうやら完璧に何かを勘違いしたようだ。
面白いから、あえて訂正はしない。
「ああ、今夜が楽しみだな。…大人の岬か。一体どんな風になるんだろうな?」
笑う。
色っぽく迫ってくる岬か。駄目だ。想像もできない。
岬がますます赤くなっていく。
「何で勝手に決めてるんだよ。僕は何もしないからね。」
「大人なんだろ?大人はするだろ?色々と。」
「しない。」
「するって。好きなら絶対する。」
したくなる。俺はそうだ。
「しないったら。」
「へぇ?」
「…しない…けど、……でも、僕はちゃんと若林くんが好きだからね。」
突然の告白に驚いて岬を見た。真剣に俺を見つめる岬の顔は真っ赤だ。
「岬、」
「…なに?」
「俺も好きだぜ。」
可愛いくて堪らない。
誰よりも大人なくせに、俺の前でこんなにも隙だらけになるお前が。
激情に任せて強く抱き締めると、岬は困ったような赤い顔のまま、ふわりと身体の力を抜く。
「…うん。」
身を任せてくる岬が、何より愛しかった。



END
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