図書館3(小説)

□薔薇とシャンパン
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「…岬」
微かな囁き声に気付いて目を開けた。
優しい眼差しの若林くんが僕を見つめている。
「…ん…僕、寝てた?」
「ああ。…風呂沸いたぜ。入れるか?」
「…うん。ありがとう。」
ソファに座っている僕は半裸なのに、若林くんはきっちりと服を着たままだ。
記憶が蘇ってきて、恥ずかしさに視線を落とした。



左足を壊してから初めての二人だけの逢瀬。
ハンブルクまで来た僕を、若林くんは丁重過ぎるほど丁重に扱った。
優しいキスがだんだんと熱を帯びても、若林くんは僕を気付かって身体には触れてこない。
キスの熱さだけで、息が上がってくる。
「…若…林くん、……しても、いい…から」
甘く痺れるような久しぶりの感覚に焦らされて、僕は震えながらその先を望む台詞を口にした。
でも。
「岬の足が怖いから、今回はやめとく。」
心配症の恋人は、そう言って優しく笑うだけ。
「…ううん、大丈夫、だから…」
感じたい。
若林くんを感じたいんだよ。
せっかくこうして傍に来たんだもの。
もっと。
その手で、その唇で、僕の全てに触れてほしい。
「…じゃあ、」
若林くんは優しく笑う。大きな手が、ソファに座ったままの僕の服をひもといていく。
優しく熱いキスと、素肌を辿る、待ち望んでいた指先。
「…あっ…」
「…岬を、もっと気持ちよくしてやる。」



当然のように抱き上げられてバスタブに向かった。
フワリとした甘い匂いが強くなる。
「良い匂い。もしかして、お酒入れた?」
「ああ。さっき乾杯したシャンパンが入ってる。」
ああ、あの高級そうなシャンパンかと、ふと値段を考えそうになって、無粋な自分に苦笑する。
良い酒は肌にもいいんだぞと若林くんはもっともらしく言い、由希子さんの受け売りだけどなと言って笑った。
僕は目を見開く。
「…薔薇だ。こんなにたくさん。…これ。さっきの花束?」
若林くんは満足そうに笑う。僕を縁におろしてシャワーで軽く流してから、薔薇の浮かんだお湯の中に入れてくれた。
「若林くんは入らないの?」
シャツを着たままで脱ぐ気配もない。
「俺は後で入る。だから足は楽にして入れよ。まあ、遠慮なくここで岬の裸を観賞するから気にするな。」
気にするなって言われても、気になるよ。
優雅なローズバス。たくさんの薔薇が浮かび流れる。
「僕、お酒の匂いで酔っちゃうかも。」
「肌からも吸収するらしいから酔うかもな。まだボトルに少し残ってるぞ。飲むか?」
若林くんはワインボトルを取り出してみせる。
グラスに少しもらおうかなと思っていたら、若林くんは瓶に直接口をつけてワイルドにラッパ飲みをした。
らしくない姿に驚いていたら、そのまま口移しで飲まされる。
「…ん…」
舌が絡みだす前に慌てて唇を離した。
本当に酔ってしまいそうだ。
薔薇は、池に浮かぶ蓮の花のように、花の部分だけが何個も浮かんでいる。赤とピンクとオレンジと紫と。更に無数の花びらが舞う。
「気に入ったか?」
「うん。」
「もっと、浮かべようか?」
「…ううん。もう充分だよ。」
思わず苦笑する。
「岬の退院祝いだからな。俺が色々と祝いたくて堪らないんだ。」
さっき夕食のテーブルでも心尽くしの料理で祝ってもらった。
手の平で目の前の薔薇をすくい上げる。
綺麗な美しい形に見惚れ、良い匂いに癒され、なんだかそれだけで泣いてしまいそうになる。
薔薇は咲く。ただ咲く。精一杯に。ひた向きに。何の迷いもなく。
枯れる事を考える薔薇はいない。
だから、僕も。
全てに一生懸命に。
「岬、最後の一口いるか?」
「…うん。」
口移しの優しい口付け。
「…本当に酔いそう。」
今は君が与えてくれる優しさにどっぷりと浸って。
君が傍にいることの幸せに酔う。
「安心して酔えばいい。岬がどんなになっても、俺が傍に付いてるからな。」



END
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