図書館3(小説)

□失楽園
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初体験は15の夏だった。
相手は同世代の、しかも男。
同意の上などでは決してなかった。
だが、今も時折その男は僕を抱く。



「部屋がタバコ臭くなるから、ここで吸わないで。」
シャワーから戻ると、男は乱れたベッドの上でタバコをくわえて、ライターを構えているところだった。
チラリと僕の顔を見る。
「灰皿。」
それだけを言って、タバコに火をつけた。
旨そうに吸って煙を吐き出す。広くはない部屋の中を、白い煙が広がっては消えていく。
僕は不愉快さを顔に出さないように気をつけながら、淡々と告げた。
「吸うなら、外へ行って。」
「この格好でか?…俺はいいけど?」
情事の後、男は当然何も身に着けていない。
僕が答えずにいると、そのまま何事もなかったかのように煙をくゆらし続ける。
用は済んだんだから、早く服を着てここから出て行けばいいのに。
形を変える煙を無言で眺めながら、そんな事を考えていると、やがて男は思い出したかのように僕を見て言った。
「…灰皿は?」
「ないよ。」
「この前灰皿代わりにした皿があるだろ?」
「捨てた。」
「取っとけよ。なら代わりの物持ってこい。灰が落ちる。」
仕方なく僕は食器棚から小皿を持ってきて、しぶしぶ差し出す。
「DANKE.」
男は当然のように受け取って、躊躇いなく灰を落とした。
嫌だな。これでまた小皿が一枚使い物にならなくなってしまった。
「…20才になったら止めるって言ってなかった?」
「予定が変わった。お前こそ昔は吸ってたくせに。」
「いつの話だよ。」
セックスも、タバコも、酒も、薬も。全てこの男から教わった。
望んで始めたものなどない。
やめられるものはすぐにやめた。
それなのに、この男との関係はズルズルと今だに続いている。
「とうの昔にやめたよ。」
ああ、と気のない返事をして、男はタバコを口に運ぶ。
僕の話など始めからあまり聞いてはいない。
「それ、吸い終わったら、もう帰って。」
「そんなに急かすなよ。なんだ、この後に何か予定でもあるのか?」
「………」
僕は答えずに口をつぐむ。
ないともあるとも言えなかった。
この男はワガママで天邪鬼だ。
ないと言えば居座るだろう。あると言えばきっと。
「ふーん。」
男は僕の顔色を見て笑う。
「じゃあもう一回やらせろ。」
本気で嫌がれば嫌がるほど、この男は喜ぶ。
初めての時がそうだった。
無理矢理力で押さえつけ、僕が必死に暴れるほど笑みが深くなった。
だからあっさり僕は抵抗するのを止めた。
力では敵わない。その上更に相手を喜ばすなんてご免だった。
未だにどんなに行為が嫌でも、僕には拒否権がない。
「…意外と暇なんだね。SGGKも。」
目の前の男を冷めた目で見る。
「休暇中だ。何をしようと俺の勝手だろ。」
手を捕まれて、ベッドに倒される。
男は最後の一口を吸い込んで、まだ長いタバコを小皿に押し付けた。
今浴びたばかりのシャワーが無駄になってしまうなと、僕は天井を眺めながらぼんやり考えた。
不意に唇が塞がれ、予期せぬタバコの煙を吹き込まれる。
苦しさに激しく咳き込んで涙目のまま見上げると、僕をベッドに押し付けた若林くんは、満足そうに唇の端を上げた。
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