図書館3(小説)

□消えない傷
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「…くん、若林くん。」
「ん…」
目を開けると、すぐ近くに覗き込んでくる岬の顔がある。
思わず微笑みかけようとして、いつもとは違う岬の表情に気付いた。
不安そうな頬にそっと指で触れる。
「…なんだ、そんな顔してどうした?」
岬は小首を傾げる。
「若林くん?」
「ん?」
「平気?」
「何が?」
「…うなされてた。」
「……………」
「…変な夢でも見た?大丈夫?」
岬がもう一度心配そうな顔で覗きこんでくる。
苦笑して、柔らかい岬の頬を撫でてやった。
「ただの夢だ。何でもない。」
「…うん。」
岬は儚く微笑む。
やがて躊躇いがちに、岬の方からそっと俺の体に腕を回してきたので、驚いた。
密着した身体は柔らかくて、ひどく温かい。
「………あのね、」
暫くの沈黙の後、岬が静かに口を開いて、顔を上げた。
「…怖い夢を見た時は、誰かに話してしまえば正夢にならないんだって。」
そう囁いた。
それは昔、悪夢にうなされた岬に俺が教えた言葉だ。
「他ならぬ僕が聞くんだから、正夢にはならないよ?」
表情は偽れても、触れ合った鼓動の速さまでは誤魔化せない。
岬はまっすぐに俺を見つめる。
観念して笑う。
たぶん、俺はうなされながら岬の名前を口走ったのだろう。
自分の失態に小さく溜め息をついて、不安そうに見つめてくる岬の唇を奪う。
いつもと同じ感触に安心して、そっと唇を離した。
決して正夢にはしたくない夢を見た。
だから、静かに告げた。祈るように。
まだ俺の鼓動は不規則に速い。
「お前の、両足が、壊れていく夢だった。俺がゴールを守る目の前で。」
岬は大きく目を見開く。
まるで砂時計の砂のように、岬の足に蓄積されていくダメージ。
怪我をした左足と、それをかばう右足。
俺はゴールマウスを守りながら、為す術もなくただ破滅へと突き進む岬を見つめていた。
止められるものなら止めたかった。代われるものなら、代わってやりたかった。
俺がしたことは最期の瞬間までただ見守る事だけ。
一秒でも長くピッチの上でと、岬がそう望んだからだ。
岬は淡く微笑む。
「…もう。若林くんまで、そんな夢を見なくてもいいのに。」
二人でいるということは、喜びと楽しさが倍になる事だった。
悲しみと苦しさは半分に。
そして。
傷の痛みは、等しくお互いに振り分けられた。
どちらかが傷付けば、その痛み以上に相手が痛む事を知った。
「そんなに、すぐ駄目にするほど馬鹿じゃないし、柔じゃないよ、僕は。」
「…ああ、知ってる。」
岬の強さも、弱さも。冷静さも。
どんな時にお前が無茶をするかも。
俺は全部知っている。
「怪我をしない選手なんていないし、僕だけが特別なんじゃない。いつでも今できる事を精一杯やりぬくだけだよ。…それに、僕はまだサッカーが続けていられるんだから」
儚そうな外見とは裏腹の意思の強さ。
出会った最初から俺は岬に夢中だった。
「岬、」
「…だから、僕は幸せだよ。」
ポツリと小さな吐息のようにもらした言葉に、堪らずに抱き締める。
言えばいい。
泣き言を、悔しさを、苛立ちを。
俺がお前の傍にいるのは何の為だ。
「…岬、怖いって言えよ。」
「怖くない。」
嘘をつけ。お前も同じ夢を見るくせに。
「言えよ、でないと俺が、慰めてやれないだろう?」
岬は俺を見上げて微かに笑う。
「怖くないんだ、本当に。」
そう言い切る岬の瞳はどこまでも綺麗で。
その強さと儚さに、続く岬の言葉と微笑に心まで奪われる。
「僕には、若林くんがついているからね。」



END
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