図書館3(小説)

□大切な友達
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「やっぱり食べ物屋さんが好きかな。食べ物を貰えるから家計も助かるし。」
パリから遊びに来た岬は、にっこりと笑う。
最近、色々なバイトをしてるんだと岬は嬉しそうに俺に報告した。
幼少時代から、人よりも苦労を重ねてきた岬にとって、自分の力で幾ばくかの金銭が稼げる事が嬉しいらしい。
俺は複雑な気持ちで岬の笑顔を眺める。
金の為に、岬の貴重な時間が潰されてるんじゃないかと思うと、恨めしい気さえする。
金ならいくらでも援助してやるから、岬の好きな事を好きなだけやらせてやりたいとつい思ってしまう。
どうしてなのか、岬に対しては異常な程の庇護欲が出るのだ。
「…バイトって、何やってるんだ?」
岬は同い年の友人だ。
自分の想いが常軌を逸してる事くらいは解る。
…解るようにはなった、最近ようやく。
「色々だよ。犬の散歩とか、ちっちゃい子の遊び相手とか、留守中の植物の世話とか。でね、今はパン屋さん。美味しいよ。」
「…そうか。」
想像してみる。サッカーをしている姿が一番だが、頑張って働く姿が微笑ましいと。
…思おうとする。
岬はクスリと微かに笑った。
「眉間に皺が寄ってるよ。」
俺は岬を見た。岬は笑っている。
「そんなに若林くんに心配をかけるような事かな。この年でバイトって普通だよ。」
そう、かも知れない。
俺自身が世間一般から見れば恵まれているのも解っている。
「心配はしてない。」
岬の事だ。何も心配することは…ない。たぶん。
俺は岬を見る。離れている間に岬は綺麗になった。目が離せなくなるほど。
心の底から溜め息をつきたくなる。
…凄く心配だ。
くすくすと岬は笑っている。
「ありがとう。」
「何がだ?」
「…心配してくれて。バイトをする僕を認めてくれて。…若林くんには言った途端に猛反対されそうな気がしてたんだ。」
賛成はしてないんだけどな。
思い出す。
岬が初めてハンブルクに来た時、俺はしつこく岬にこっちでサッカーすることを薦めた。
生活の面倒は全部俺が見るとも。
岬は最後まで首を縦には振らなかった。
岬がフランスに帰った後、俺はその事に気付いて、俺なりに反省した。
どんなに俺が熱くなっても、岬は冷静で笑顔だった。
あいつはいつでも笑顔だ。
楽しい時も、寂しい時も、腹を立てていても。
俺は岬のプライドを傷付けたのだ。
だから。
「俺はな、岬が自分で決めた事なら応援するって決めたんだ。ただし何かあったら、俺を頼れ。友達だろ。」
岬は大きく瞬きする。
「ありがとう。嬉しいよ。…あのね、前からちょっと思ってたけど、若林くんって、僕にとっては友達って感じじゃないんだ。」
「…へ?」
岬ははにかんで笑う。
「もっと、ずっと近い気がする。」
ドクンと胸が高鳴る。
俺にとっても岬は特別だった。ずっと。
意識しないように努めていただけで、本当は。
「…僕の父さんみたい。凄く過保護な。」
「……………」
…………そう、ですか。
俺はお前より年下なんだが。
「あのね、父さんが二人もいるみたいで、僕なんだか嬉しいんだ。」
「……………」
岬は正真正銘の笑顔だ。
返す言葉が出ない。
何だ、この脱力感は。
岬の特別な何かになりたかったが、それは決して父親などではない。
「…若林くんは、僕の大切な人だから。」
岬が微笑みながら呟いた言葉は、その時の俺の耳には入らなかった。
…その言葉と想いを正面から俺が受けとめるのは、もう少しだけ、後の事になる。



END
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