図書館3(小説)

□幸せの作り方
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「若林くん、お帰りなさい。」
「…岬、ただいま。」
玄関口まで出迎えてくれた恋人を、いつも通り抱き寄せて軽く口付ける。
それから無言で深く抱き締めた。
息を吐く。静かにゆっくりと。
体内の澱んだ空気を全て吐き出し、代わりに新鮮な空気を吸い込んだ。
「…ああ、良い匂いだ。」
「ポトフだよ、今夜は。」
「いや。岬の匂い。…落ち着く。」
「……そう?」
そう問いかける岬の声は、とても優しい。
「…ホッとするんだ。」
ゆっくりと何度も深呼吸を繰り返す。
やっと自然に呼吸が出来るようになった気がする。
「………」
岬の腕が、俺の背中に回される。
何かあった?…なんて岬は聞かない。
具体的に言わなくても、ある程度察しが付いているだろう。
プロとしてサッカーをしている以上、この程度の軋轢など想定内だ。
「…あのね、冷凍庫の中にね、」
あやすように俺の背中を撫でながら、岬が歌うように優しく囁く。
「うん?」
「ハーゲンダッツのアイスが入っているよ。新作。」
クスリと笑みが漏れた。
叱咤でも同情でも激励でもなく、俺をアイスで釣ろうとする岬が可愛い。
幼稚園児じゃあるまいし。20才を超えた天下無敵のSGGKだぞ、俺は。
「後で一緒に食べようね。」
子供に諭すようなその声がやはり優しくて、俺は笑いが止まらなくなる。
「岬って、本当に可愛いな。」
「…もう、なんでそこで笑うかな。」
「アイスで浮上させようってとこが、可愛い過ぎだろう。」
「実際浮上してるじゃないか。」
「いや、これはアイスのせいじゃなくてだな、岬があんまり可愛いから。」
「じゃあ、アイスいらない?」
「いる。」
「ほら、やっぱりアイスに釣られてるんじゃないか。」
「違うって。俺はそこまで単純じゃないぞ。」
笑う。
笑い合う。心から。
いつの間にか、こわばっていた体も心もほぐれて、いつもの俺に戻っている。
五感が戻り、旨そうな匂いがやっと鼻に届いてきた。
「ポトフか。早く食おうぜ。腹が減ってきた。」
「…若林くんって、本当にお子様だよね。食べ物で何でも解決しちゃうんだもん。」
しみじみと感心する岬が可笑しい。
「見解の相違だな。」
「事実でしょ?」
腕の中の岬が小首を傾げたまま俺を見上げる。
「…元気になった?」
「ああ。岬のおかげ。」
抱き締めたままキスを贈る。
「…………若林くん。」
「なんだ?」
「…ねえ、離してくれないと動けないよ?」
「離すもんか。」
笑いながら、わざとぎゅっと抱き締める。
愛しくて愛らしくて何よりも大切な、俺の恋人で親友で理解者。
離さない。絶対に。
「苦しいってば。」
ジタバタと岬が暴れる。
普段は守っているつもりでも、俺は岬に守られている。こんなにも。
ただ傍にいるだけで。
「もうっ、若林くん、離して。このままだと、いつまで経ってもポトフが食べられないよ?」
岬の言葉に苦笑して、俺はしぶしぶ腕の力を緩めた。



END
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