図書館3(小説)

□友達以上恋人未満
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岬がふわりと笑った。
「大好き。」
とびきり無防備な笑顔を俺に向けてくる。
たまらない。
「…岬、酔ってるだろ?」
「うん。」
クスクスと岬は笑う。
「そうだね、酔ってるよ。」
俺も岬も酒は弱くない。
皆と飲む時は普段と何も変わらないが、二人で飲み直すと、自然に酒量が急増する。
岬がこれほど変わるってことは、俺も相当飲んでいる。
自覚はないが、かなり酔ってるはずだ。
「…そろそろ、部屋に行くか。」
ホテルのフロントで受け取ったキーを取り出し部屋番号を確認する。
ありがたいことに一つ下の階だ。
「あれ、いつ部屋を取ったの?」
「最初から。」
ホテルのバーに来たのは、そのためだ。
「用意周到だね。」
「付き合い長いからな。岬が俺に好きとか言い出したら、眠い証拠。」
「へぇ、そうなのかー。」
岬はまるで他人事のように感心している。その姿が微笑ましくて笑った。
「普通なら好きだなんて言わないだろ?…一度振った男に。」
最初に告白したのはドイツで再会した時。
困ったような顔で丁重に断られた。
失恋のショックはほとんどなくて、時期を早まったかなとただ思った。
いつか手に入れると、その思いを強くしただけ。
目の前の岬は小首を傾げる。
「親友としてなら好きだよ。」
「前も言われたな。」
「親友じゃダメなの?」
「愚問だろ。」
「ふぅん?」
「…部屋に行かないか?」
支払いを済ませて、ゆっくりと歩くと、岬は何も言わずについてきた。
危ういなと思う。
岬は疑わない。
エレベーターに乗り込むと、すぐに目的の階に到着した。
部屋の前で振り返る。
「そんなに俺を信じていいのか?」
「なんで?…若林くんは大事な親友だもん。信じてるよ。」
酔っていても岬はどこまでも岬で、にっこりと微笑まれて言葉をなくす。
まあ、いいけどね。ドアを開けて、岬を迎え入れる。
今更こんなことくらいで理性が揺らぐようなら、長年岬の親友はやってられない。
灯りを点けると、ガラスの向こうの夜景が遠のいた。
「…僕達いつか。」
岬が入口に近い方のベッドに座って、そのまま後ろに倒れこんだ。広がる髪。
「親友でいられなくなるかな。」
「俺はそうなることを願うよ。」
いつか、岬を手に入れたい。心だけでなく、身体ごと。
「僕ね、若林くんに告白された時は、これで終わりだろうなって思ったんだ。でも、あんまり変わらなかったね。」
カーテンを閉めて、空調を入れる。
「俺は終わりだなんて思ってないからな。」
「いつ思うの?…僕に飽きたら?」
珍しくよく喋る岬の傍に腰をかけた。
「飽きないと思うぜ。」
「そう?」
岬が俺に視線を送る。
「自信あるから。俺。」
髪に手を伸ばし、指でもて遊ぶ。岬は何も言わずにゆっくりと目を閉じた。
終わりが来たら、どうなるのだろう。
こうして触れる事も出来なくなるのか。触れたいとも思わなくなるのか。
どちらにしろ想像ができない。
目を閉じたままの岬の顔を暫く眺めて、そっと指先でその唇をなぞってみた。
岬は、逃げない。
あまりにも無防備だとふと思ってしまうのだ。
もしかして本当は。
岬は、俺が動くのを待っているんじゃないか。
俺は既に岬に許されているんじゃないか。
この唇を味わっても、岬はいつもと変わらずに笑ってくれるんじゃないか。
「…岬…」
早まる鼓動。
吸い寄せられるように屈み込んで、顔を近付けていった。
押し寄せる期待と恐怖。
それとも触れた瞬間に、俺は今まで築き上げた全てを失ってしまうのだろうか。
触れ合う寸前、俺は動きを止め、苦笑して、仕方なく岬から身体を離した。
岬の呼吸音は既に穏やかな寝息に変わっている。
溜め息。
残念なような、ほっとしたような。
「………」
親友でもいい。
岬の穏やかな寝顔を見守りながら思う。
岬が俺にこうして心許して接してくれるなら。
この位置にいられるなら。
親友でも、いい。
…まだ、しばらくの間は。



END
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