図書館1(小説)

□合宿の風呂場にて
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ガラッと大浴場のドアを開けて、日向小次郎はそのまま固まった。
自分の目の前にある、重なり合った裸の身体。


風呂に入ろうとすると、幾つもの声が止めようとしたことを思い出した。
『今は止めといた方がいいですよ。』
『俺は逃げてきました。』
『あれは無理だよな。誰も入れない。貸し切り状態。』
『貸し切り?誰が入ってるんだ?』
『…岬と若林が…』


「…何だ、日向か。」
暫くしてから顔を上げた若林は、ドアを開けたまま入って来ない日向を不思議そうに見た。
「何してんだ?」
「それは俺の台詞だ!」
「あ、小次郎。」
若林の内腿に背中からもたれて仰向けになったまま、岬もごく普通に声をかけた。
先刻まで、岬の顔に覆いかぶさるように、若林の頭が載っていた。
長い間。
そして、この二人が恋人同士というのは公然の秘密だった。
「…お前ら、もう少し時と場所を考えろ。」
きょとんとした二つの顔が日向を見つめる。
「…?」
「…髪の毛洗ってもらってたんだけど?」
「は?」
よく見れば、控え目な泡が岬の髪と若林の手に残っている。
「紛らわしいことしてんじゃねーよ。こっちがあせるだろーが。」
「知るか。」
怒鳴る日向を若林が冷たくあしらう。
「若林くん。…もしかして、僕達他の人にも誤解されてるんじゃない?だから、さっきから誰も入ってこないんだよ。」
「そうだな。別にどうでもいいが。」
「よくないよ。」
「いいから。誤解したい奴には勝手にさせとけって。目つぶれ。流すぞ。」
「ん。」
日向はぐったりして、手近な場所を陣取ると、黙々と身体を洗い始めた。
後悔し始めていた。
「なんでだろ。別に変なことしてないのにね。」
変なことってなんだよ?
岬の言葉に無意識につっこむ。つっこんだせいで、日向の頭の中では、変な事をされてる岬の映像が勝手に浮かんだ。
「…気持ちいい。」
映像にかぶってきた岬の声にドキッとする。
「若林くんってこういうの上手いんだね。」
若林は丁寧に岬の髪を指で梳きながら、シャワーをあてて泡を流していく。
「そりゃー、岬を気持ちよくさせるためなら、全力を尽くしますから。」
本気とも冗談ともとれる口調で若林は言った。岬は楽しそうに笑う。
「そんなに好評なら、身体も洗ってやろうか?」
「ダメ。」
「何もしないぜ?」
合宿中はハグもキスも、ましてやそれ以上の事は、岬から禁止されている。
だからこそ健全でもいいから、できるスキンシップはなんでもしておきたい若林だった。
「…ううん。ダメ。」
赤く染まった顔で、恥じらいながら岬が答える。
「きっとね、僕が無理。…えっと、あの、合宿が終わったらね。」
「そんな可愛い顔は反則。キスするぞ、こら。」
「ダメだって」
「みさき。」
「…若林くん。」
だーっ、こいつら、俺がいること忘れてないか?
日向の心の叫びは、もちろん二人には届かない。
恐ろしいことに、これが二人のごく普通の会話だった。しかも、ものすごく気を使っていた。
少なくとも公序良俗に反する事は何もしていない。
「小次郎。」
マッハのスピードで頭と身体を洗い、もはや湯ぶねに浸かる気力もなく、さっさと退散しようとする背中に岬が声をかける。
「あれ、もう出るの?」
「…………」
日向は、まじまじと二人を見つめ返した。
悪気はない。(たぶん。)
実際に何をしているわけでもない。(おそらく。)
それなのに。
新婚初夜にうっかり新居に遊びに来てしまったかのような、この居心地の悪さは何だ。
「お前らなぁ」
言いかけて、止めた。
何を言っても無駄だろう。
今はプライベートタイムで、この二人は久しぶりの逢瀬なのだ。
「…ったく、末長く幸せにな。若林、岬を泣かすなよ。」
結局よくわからない捨て台詞を吐いて、日向はその場から退散した。
そして、金輪際一緒に風呂には入るまいと固く心に誓った。


END
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