図書館1(小説)

□SWEET
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「岬にプレゼント。」
帰宅するなり、若林くんは満面の笑みで僕に小さな紙袋を差し出した。
「ありがとう。」
よくわからないけど、有り難くいただく。
紙袋の中を覗きこむと、直方体の箱が綺麗にラッピングされ、リボンをかけられていた。
ふんわりとした甘い薫りが、鼻腔をくすぐる。
「あ。」
今日が何日か思い出した。
「日本式にしてみた。」
若林くんが笑う。
恋人に花やプレゼントを贈る日、チョコレートで大騒ぎするのは日本だけだ。
今日は、2月14日。セント・ヴァレンタインデー。



箱を開けると、一粒ずつ違うチョコが、宝石のように整然と12粒並んでいる。
「うわぁ。美味しそう。」
「岬、俺にも半分。」
「うん。どれがいい?」
箱ごと差し出すと、ちらりと一瞥して、その中の一つを手にとった。
早い。
僕はこんなに迷ってるのに。
「半分あげる。ん。」
若林くんはチョコを半分、口に挟んだまま、僕に顔を近付ける。
顔が火照るのが、自分でもわかった。半分貰うためにはキスしなくちゃならない。
どうして若林くんは、こういう恥ずかしい事が大好きなんだろう。
「…それ無理。」
「残念。」
若林くんは笑って、チョコをかじる。欠けらの半分を指で摘んで、僕の口元に運んでくれた。
あっさり引いてくれたことにほっとしながら、ぱくりと口に含む。
甘くて濃厚な薫り。とろけるガナッシュミルククリーム。
チョコを堪能する僕の横で、若林くんは、「岬と間接キスだ。」と言いながら、嬉しそうに自分の指先を口に含んでいる。
毎日、何十回もキスしてるのに、そんな些細な事で幸せになる若林くんの姿が微笑ましくて、なんだか僕が幸せになってしまう。
「じゃ、次はこれ。」
若林くんが選んでくれたチョコを、今度は若林くんの指ごと食べないように注意しながら、何気なく口に入れる。
「あれ?僕が全部食べていいの?」
「まさか。」
若林くんは笑う。当然のように僕の唇に口付けると、あっという間に舌でチョコを奪い去っていく。
「…んっ…」
チョコを求めて、思わず伸ばした舌は、そのまま若林くんに絡めとられる。
いつもされている深い口付けが待っていた。
痺れるほど甘いのはチョコのせいなのか、キスのせいなのか。
僕は身動きできないまま、もう何も考えられなくなってしまう。
強い洋酒の薫りが、口の中に広がって、更に体の力が抜けた。
やがて顔を仰向かせられ、覆いかぶさった若林くんから、とてつもなく甘いチョコレートシロップが零れ落とされた。
与えられるままにこくんと飲み込んで、若林くんの舌から甘さがなくなるまで、無意識にその舌を吸い取った。
「…美味しかった?」
嬉しそうな若林くんの囁きに我に返る。
「岬に全部とられた。」
何を言われてるのかに気付いて、恥ずかしさにかぁっと体中が熱くなった。
「こんなに積極的になってくれるなら、今度からキスする時はチョコを食べようかな。」
若林くんはからかうように言って、僕を覗きこむ。
真っ赤になったまま、僕はひたすら首を横に振った。
若林くんは笑う。そして。
「岬。」
不意に真剣な声で呼ばれて、僕は動きを止めた。
「嬉しい。」
こつんと額を合わせられる。
「俺はすげー嬉しい。だから、恥ずかしがるな。」
低くて、優しい声。
「…うん。」
若林くんが幸せだと、僕は無条件で幸せになってしまう。
「…もう一個食べる?」
若林くんが笑って、チョコを口に含む。
欲しいのはチョコ。相手の唇。甘い快楽。
「…うん。」
好きという想いと、こうして傍にいられる幸せ。笑顔も眼差しも僕を呼ぶ声も何もかも。
本当に欲しいのは…。

僕達は吸い寄せられるように唇を合わせた。


END
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