図書館1(小説)

□世界で一番幸せな場所
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12月初旬の休日の昼下がり。その日は久しぶりに二人揃って何も予定がなかった。
二人分の淹れ立てのコーヒーを居間に運ぶと、ソファに座って郵便物の整理をしていた若林くんが、顔を上げて微笑んだ。
「Danke.」
「何してるの?」
「ファンレターの返信。」
テーブルに広げられた手紙の束。
一年分をまとめて、クリスマスカードで返信をするらしい。こういうところ、マメだと思う。
「…結構たくさんあるんだね。」
少ないだろ、と普通に返されたあと、からかうような瞳が僕を覗き込んだ。
「妬ける?」
素直に頷くと、若林くんは笑って僕に軽く口付ける。
「別に全部がラブレターってわけじゃないぜ?」
「わかってるよ。ちょっと悔しいだけ。」
僕は少しだけ笑ってみせる。それから自分の絵本を取りに行き、若林くんの隣に座った。
独語勉強中の僕のために、この部屋には子供用の本がたくさん揃っている。ドイツ版のセサミストリートのビデオとか。
若林くんに寄り掛かるように座って、文字の大きなその本を音読する。発音を直されたり、意味を聞いたり。小さい子供に戻った気分だ。
読み終えた本を閉じ、飲み終わったカップをソーサーに戻す。若林くんはまだ手紙を読んだり、宛名を書いたりしている。
「…………」
さみしい。
ぱたりと若林くんの膝の上に倒れこむと、若林くんが苦笑した。
「大きな子猫がいる。」
「猫じゃないよ。」
否定してみたものの、やってることは猫と一緒だった。
「構ってほしいんだろ?」
若林くんの指が僕の頬を撫でる。猫がよくされるように、首筋を優しく何度も撫で上げられると、気持ち良さに力が抜けてしまう。
猫ってこんなに気持ちいい事されてるのか。
僕を触る大きな手は、色気のない手つきで、わしわしとお腹まわりを撫で回す。完全に僕を猫扱い。
くすぐったさの一歩手前で、やっぱりその刺激は気持ち良さに変わってしまう。
猫の気持ちが良く分かる気がした。
喉などの急所とか、心臓の近くとか、内臓が詰まってるお腹とか。本来動物なら他者から守るべき場所を、こうして相手に曝すのは、信頼と服従の証。
そして、それは人間も同じ。
「そんなに気持ちいい?」
「うん、次に生まれ変わったら、若林くんの飼い猫になってもいいくらい。」
「じゃ、俺も猫になる。そのままだと岬と交尾できない。」
「…交尾って。僕の体が目当てなの?」
「違う。心も体も両方。」
二人で笑って、じゃれあう。
若林くんの膝の上で、こんなにも無防備に寝転べるのは、若林くんが大好きだから。
信頼と愛情を捧げた相手の支配下、ここは世界中で一番安全な場所。どこよりも安心できる僕の聖域。
僕を撫でる若林くんの手に身を任せる。幸せな気分に浸りながら、僕はゆっくりと目を閉じた。


END
→次ページはアトガキとオマケ
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