図書館1(小説)

□合宿の朝の出来事
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その合宿では、僕と同室は若林くんと若島津だった。
そして、若林くんは恐ろしく寝起きが悪かった。
「若林くん。起きてってば。起きてよ、若林くん。」
「岬、もういいから若林はほっといて行こうぜ。」
「あ、うん。でも」
一瞬の出来事だった。
腕を捕られてベッドに引きずり込まれ、体を入れ替えた若林くんが何事か囁いて、僕に覆いかぶさる。
気付いた若島津が無理矢理引き剥がしてくれるまで、僕の唇は、若林くんの唇に塞がれていた。



翼くんが食堂に駆け込んでくる。
「岬くーん!泣いて嫌がる岬くんを若林くんが無理矢理襲ったって聞いたんだけど、大丈夫っ?!」
…………。なにそれ。
「…それ、誰に聞いたの?」
「石崎くん。」
…だめだ。みんなにばれた。
「若島津ー。」
ゆらりと振り返る。
言わないでって約束したのに。
「落ち着け、岬。俺は誰にも言ってないぞ。…日向さん以外は。」
最後に視線を反らされた。
その後の噂がどのように広がったか、目に浮かぶようだ。
「大丈夫か、岬。若林に無理矢理奪われたって聞いたぞ。あの野郎!俺が仇を取ってやる!」
小次郎が大声をあげて僕を気遣い、若林くんに詰め寄っていく。
ああもう、みんな声が大き過ぎる。
「…岬、可哀想に。若林に奪われたのか。…貞操を。」
「…唇。唇だから。」
反町くんの勘違いを冷静に訂正する。
これ以上話に尾ひれをつけるのはやめてほしい。
「そうか。犬に噛まれたと思って諦めろ。むしろ唇だけで済んでよかったな。」
「………よくないよ。」
舌も入れられたんだよ。僕、初めてなのに。
「何だよお前ら。よってたかって。だから、俺には身に覚えがないって言ってるだろ。」
そう叫んだのは、張本人の若林くんだった。
「俺は寝てたんだ。記憶に無い事なんかわかるか。」
え?
だってあの時、はっきり。
「だいたいな、俺、ほんとに岬にキスなんかしたのかよ?」
若林くんにジロリと睨まれ、僕と若島津が並んで片手を挙げる。
「僕、されました。」
「俺、見ました。」
「…ああ、そーかよ。…マジか。」
そう言って、若林くんは不貞腐れて横を向いた。
「往生際が悪いぞ、若林。素直に岬に謝ったらどうだ。」
正義感の強い松山くんが詰め寄る。
「俺は謝るような事はしていない。身に覚えの無い事で謝れるかよ。謝ってほしかったら、俺の意識のある時にちゃんとやらせろ。」
若林くんはふてぶてしく笑っている。
「だいたいな、俺じゃなくて岬が悪い。」
「はぁ?」
なんでいきなり僕?
「そんなに嫌ならキスなんかされるなよ。お前、俺に気でもあるのか?」
うわぁ、何それ最悪だ。
「あるわけないだろっ。若林くんが変な事を言うからびっくりして、」
「変な事?」
しまった。
「へえ…?俺、何か言ったのか?」
ニヤニヤと若林くんが笑う。
「殴られて起こされる前は夢ん中だったからな。それ寝言だ。」
「…寝言?嘘だ。」
だってあんなにはっきり言ってたのに。
「本当だ。俺、何て言ってたんだ?」
なぜか若林くんは勝ち誇ったように笑っている。
若林くんの寝言を思い出した。顔が火照ってくる。
みんながいる、ここで言えって?
…恥ずかしすぎて言えない。
「言えよ、岬。」
「………」
おかしい。どうしてこんなことになってるんだろう。
変な寝言を暴露されて恥ずかしいのは、若林くんの方じゃないんだろうか。どうして僕だけが恥ずかしがって、若林くんは平然としてるんだろう。どう考えても普通は逆なのに。
「早く言えって。」
首を振る。
「言ったら恥ずかしいのは、若林くんだよ。」
「いや。俺、全然平気。」
「みんなの前じゃ言えない。」
その後のみんなの反応も怖い。
「岬、顔真っ赤だぜ。じゃあ何言ったのか、俺にだけ聞かせろ。部屋に戻ろうぜ?」
仕方なく頷く。
みんなの視線の中を通り過ぎて、部屋に入って、ドアを閉められて、二人っきりになって。
なんだか急速に、はめられたような気がした。
二人きりなんて、ますます言い出しにくい。
あの時若林くんは、僕をベッドに押しつけて、はっきりと僕の名を呼んだ。
その声音と続く言葉に、僕は驚いて動けなくなったんだ。
『…みさき。』
「岬、」
不意に若林くんに呼ばれて我に返る。
「俺が今朝、何の夢を見てたか言ってやろうか?」
唐突にクスクス笑い出した若林くんは僕の耳に唇を寄せて妖しく囁く。
「SEXしてた。」
…―――っ!
一瞬で、体中が熱を持った。
若林くんの寝言が甦る。
『…岬、…好きだ…』
それって、だからつまり、その相手は、……!
混乱する僕にニヤリと笑ってみせて、若林くんは部屋に鍵をかける。



岬くん、大丈夫かな。
三杉は手元のお茶をずずずっと啜った。
…たぶん。
無理だろうなぁ。



END?
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