図書館1(小説)

□夏の始まりの日(前編)
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「…見ない顔だな。お前、名前は?」
無遠慮な視線に一瞥される。
「あ、僕、今日引っ越してきたばかりなんだ。」
敵意を起こさせない笑顔で、僕は答えた。あえて名前は名乗らない。
からまれた、と正確に自分の状況を把握していた。
壁にシュートするはずだった自分のボールは、今、目の前の大柄な少年の手中にある。
「怪我しなかった?ごめんなさい。今度から気を付けるね。」
僕は上目遣いに微笑んでみせた。普通ならばこれだけで相手の態度が軟化するはずだ。
「俺は名前聞いたんだけど?」
変わらない見下すような視線に、心の中で嘆息する。
てこずりそうだ。運が悪い。
「僕は岬、岬太郎。」
早口で自己紹介する。笑顔を添えてしまうのは、もう条件反射のようなものだった。
「俺の事知ってるか?」
素直に首を横に振ると、若林源三だと自己紹介され、逆に驚いた。
名乗ってくる律儀さと、聞き覚えのあるその名前に。
「俺の前で愛想笑いするのやめてくれ。イラつく。」
「え?」
きょとんと相手を見上げて小首を傾げてみせる。
愛想笑い?いつ?そんな理由で絡まれたのは初めてだった。
「だから、その顔。」
忌々しそうに舌打ちして、僕のおとがいを持ち上げる。
真近で視線がぶつかり合った。苛立ちを含んだ真っすぐな黒い瞳。
「お前、自覚ないのか?その仮面を今すぐ剥がしてやろうか?」
唇の端を持ち上げて笑う。
その後の僕の反応が一瞬遅れたのは、相手の次の動きが全く想定外だったからだ。
荒々しく唇を唇で塞がれる。
「…っ!」
油断した…!
首を左右に振り、全力で抗った。
1対1とはいえ、もし本格的に押さえ込まれたら逃げられなくなる。
一瞬触れただけですぐに離れた事に安堵したのも束の間、更に強い力で頭と腰をを引き寄せられる。
「…んっ…!」
再び唇が押しつけられ、次の瞬間、驚きで僕は目を見開いた。
何のためらいもなく、相手の舌が滑り込んでくる。口中を暴れ始めた。
「…んっ、んんっ…!」
…ヤバい。
頭の中に危険信号が灯る。
こいつ、同年代の割に手慣れすぎてる。
歴然とした力の差。逃げ出したいのに、びくともしない。
そして予想外の事がもう一つ。
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