図書館1(小説)

□春夜
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「ただいま、岬。」
一緒に住み始めて、数ヶ月が経っていた。
地方へ遠征試合に出掛けていた俺は、実に十日ぶりに我が家の玄関を開ける。
夕方には帰宅できる予定が、大分遅くなってしまった。時計の針は20時を越えている。
「若林くん、おかえりなさい。」
満面の笑みを浮かべて、子犬のように出迎えてくれた岬に、いつも通りただいまのキスをする。
「あぁ、本物の岬だ。」
嬉しくなって、何度もキスしてしまう。
岬が傍にいてくれるだけで、身も心も癒されていくのがわかる。実際、俺に向けられた笑顔を見た瞬間に、今までの疲れなど吹き飛んでしまった。
岬が小首を傾げる。
「思ったより遅かったから心配しちゃった。どうしよう、ご飯にする?それとも先にシャワー浴びる?」
それより岬がいい、と思わず答えたくなるような質問がやけに可笑しくて、胸の内で一人笑う。
「じゃあ、シャワーが先。メシは後で。その後デザートに岬。」
岬が真っ赤になる。
「若林くんっ、僕はデザートじゃないからね!」
必死で否定する岬を見て、俺は笑いながら浴室に向かった。



久々の岬の手料理に舌鼓を打った後、食器を洗う岬を手伝う。
岬の動きには無駄がなく、流れるように美しい。
岬の手元から視線を上げて、あどけなく端正な横顔を見つめる。
何でもそつなくこなす岬を以前に褒めた事があった。岬はただ、僕は器用貧乏なだけだよと照れたように笑っていたっけ。
「なに?」
全て片付け終えた岬が、俺の視線の意味を尋ねる。
「…デザートはまだか?」
わざと耳元で囁いて、頬を朱に染めた岬が口を開く前に、キスで塞いでしまう。
喚かれるかと思ったが、岬はおとなしくされるがままだ。
従順な岬の様子に気を良くして、俺は久しぶりに味わう岬との甘いキスをじっくりと堪能する。
一緒に住み始めてから、一日、二日の外泊は今までにも何度かあったが、こんなに長い間離れていたのは初めてだった。
「…んっ…」
俺が愛して止まない岬の唇は、柔らかく瑞々しくて驚く程に甘い。
切なげに漏れる岬の吐息に誘われて、更に細い腰を抱き寄せる。
おや?と思った。
そっと唇を離し、可愛く喘ぐ岬の顔を覗き込んで、囁く。
「どうした、岬?俺がいなくて淋しかった?」
口元が綻んでしまうのは、からかいのためではなく、嬉しさからだ。
「キスだけで感じた?」
「…っ…」
皆まで言わさず、岬が俺の首に手を回して抱きついてくる。
最近ベッドの上で覚えた仕草だ。
俺は岬の顔を覗き込むのが癖で、そんな俺の視線から逃れられる唯一の手段。
震えながらきつく抱きつく岬を心底可愛いと思う。恥ずかしさに真っ赤に染まった表情が目に浮かぶようだった。
「…ベッドに行こうか。」
優しく岬の髪を撫でる。
「淋しくさせた分、いっぱい可愛がってやるから。」
岬がぎゅっとしがみつく。余程恥ずかしいのか、無言のままで、動こうとはしない。
額に優しく口付けて、強引にさらうべきか、岬が落ち着くまでこうしてるべきか思案しかけた時、岬が耳元で甘く囁いた。
「…連れてって。」
可愛らしいおねだりに微笑んで、岬を腕の中に抱き上げる。



ベッドに着いたら教えてあげよう。淋しかったのは岬だけじゃないことを。
俺がどんなに岬を愛しく思っているか、どれだけ飢えていたか、その可愛い体の隅々にまで刻み込んでやる。



END

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