図書館1(小説)

□遠征合宿の出来事
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全てはホテル側のミスらしい。
俺と岬が謝罪され案内された部屋は、最上階に近い別部屋だった。
「…若林くん、この部屋って…。」
一歩室内に入った岬が絶句する。俺は冷静に部屋の中を見渡した。
「そうだな。俗に言うスイートルームだな。」
内装は豪華で広々としており、備え付けの調度品も皆の部屋の物とは明らかに違っている。
「…ダブルベッドか。」
しばし二人でベッドを見つめる。
先に口を開いたのは岬だった。
「若林くんがベッドを使ってよ。僕はソファで寝るから。」
当然のように岬が言う。
「ダブルベッドなんだから二人で眠れるだろ。それが嫌なら俺がソファで寝る。」
当然のように俺が答える。岬をソファで眠らせる気は毛頭ない。
岬は困惑した表情で俺を見上げて何か言いかけたが、やがて納得したように微笑んだ。
「えーと、じゃあ一緒に寝よっか。」



「なんだか新婚さんみたいだね。」
バスローブを羽織り、濡れた髪を拭きながら現われた岬が、ベッドの上で雑誌を捲っていた俺と目が会い、苦笑する。
「全くだ。」
先に風呂を済ませたので、俺のバスローブは大分着崩れている。悪ノリした俺は、ニヤリと笑いながら芝居がかった声で岬を手招く。
「早くこっちに来いよ、岬。可愛いがってやるから。」
途端に岬は吹き出した。
「すっごくやらしい。若林くん似合うなー。」
「岬、笑いすぎ。」
「だってそうやって頑張って誘っても、散々待たされてそうなんだもん。」
しばしその状況を考える。
「…焦らされるのか。それはそれで燃えてくるな。」
「燃えるんだ?!」
更に岬は笑う。岬の笑顔はこんなに可愛らしかっただろうか?
初めて見る風呂上がりの姿と二人きりという状況が、俺を惑わせてるに違いない。
その時ノックの音がした。
二人で顔を見合わせ、首を傾げる。
こんな時間に誰だろうと思ったら、現われたのは翼だった。
「なんだか新婚さんみたいだね。」
一通り部屋と俺達を眺めた後、翼は能天気な笑顔で岬と同じ感想をもらす。
「あのね、この部屋の事で、石崎くんとか滝くんとかが大騒ぎしてるんだ。今頃若林くんと岬くんが凄い事になってるって力説してるから、俺が様子を見にきたんだよ。」
無邪気に言ってのける。
本当に凄い事になってたらどうするつもりだったのだろう。
岬が苦笑する。
「凄い事…。聞きたいような、聞きたくないような…。」
「ま、だいたい想像はつくがな。で、翼、お前戻ったら俺達の事を報告するのか?」
「うん。まだ何も起こってなかったよって言っとく。」
まだ?
何故わざわざ誤解を招くような言い方を選ぶのだろうと俺は頭を抱える。
「いいなー、若林くん。岬くんと一緒に寝れて。俺も岬くんと寝たい。」
当の翼は屈託なく、爆弾発言を続ける。自分が口にしている言葉が、どんな意味を含んでいるのか気付いていない。
それともそこまで考える俺がおかしいのだろうか?
「若林くん知ってる?岬くんの寝顔ってすっごくかわいいんだよ。」
去り際に、翼は俺にだけこっそりと打ち明けた。



夜半に不意に目が覚めた。
人の温もりを感じて首をめぐらすと、すぐ傍に岬が丸くなって眠っていた。寝返りを打ったら、抱き締めてしまいそうなほど近い。
静かな寝息を立てて、安らかに眠る岬を見て、思わず笑みがこぼれた。
翼の言葉に嘘はなかった。岬の寝顔はいつまでも見続けていたくなるほど、あどけなく可愛らしい。
俺は何故か安心して目を閉じると、すぐにまた眠りに落ちてしまった。

誰にも邪魔されず、すぐ近くで、好きなだけ眺めていられるチャンスだったと後になって気付き、俺はそうしなかった事を少しだけ、後悔した。



END

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