宝物部屋(戴き物小説)2

□ある日森の中
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 目覚めると、薄暗かった。いつもと違い、すっきりしない頭に、とりあえず水でも飲もうかと起きて気付いた。
 ここはどこだ?
 確かに寝心地は悪くないが、二人でゆっくり寝られるように、スプリングもしっかり吟味したベッドも、手元で明かりを調節できるアンティーク風のランプも見当たらない。何より横で眠っていた岬も。慌てて跳び起きた。
 俺が寝ていたのは洞穴で、寝心地が悪くないと思ったのは、敷いていた落ち葉と身にまとった毛皮のせいだった。
 毛皮!?
 毛皮を着て寝る趣味はないはずだった。俺は自分の姿を確かめるべく、明るいところに急ぎ、そして驚愕した。俺が着ているのは毛皮、というよりは着ぐるみだった。全身を覆う大きさで、耳や尻尾まである。表の毛皮がやけにしっかりしたクマの着ぐるみ、である。
 これはまずい。これはある意味全裸より恥ずかしい。こんな姿を人に見られる訳にはいかない。
 どうしてこんなことになったのか分からないが、とりあえずこの事態を打開する必要がある。昨日は、岬が遊びに来ていた。久しぶりの逢瀬で、岬は高校の話をたくさんしてくれた。友達の話をしている途中に触れられるのは恥ずかしいらしい。が、二ヶ月ぶりで、しかも恥ずかしがる岬があまりに可愛くて、話の途中でつい我慢がきかなくなった。
「若林く…ん、みんなの様子を聞きたがったのは君の方だろ」
「こんな可愛い岬が悪い」
苦情ごと腕に閉じ込めた。

 いっそ、洞穴に戻って着ぐるみを脱ごうか、と向き直る寸前、誰かの声らしいものが聞こえた。少し遠いが、聞き覚えがあるように思えて、俺はそちらへ急いだ。

 そして、俺は絶句した。見慣れたグラウンド、少し下草が多い気もするが、それはこの際目をつぶろう。見慣れたサッカーボール。そして、そのボールを追うのは、色とりどりの着ぐるみを着た連中だった。
「あ、若林くん。遅いよ」
ブラジルに渡ったはずの翼に言われた。かく言う翼は茶色いウサギの着ぐるみである。
「そうですよ、若林さん」
修哲トリオは、井沢がポメラニアン、来生がプードル、滝がよく種類の分からない犬の着ぐるみと、相変わらずチームワークは万全だった。その後ろにセントバーナードの高杉と柴犬の森崎が控える辺り、非常にらしい。
「まったくだぜ、若林」
当然のように猿の着ぐるみを着こなす石崎に、俺は今までのすべてのことを許してやろうと思った。その隣に立っていた岬のためにも。
「若林くん。やっぱり来てくれたんだね」
岬は白いウサギの着ぐるみを着ていた。動くたびに、白くてふわふわのシッポが揺れる。可愛い。
 …どうやら、俺だけではないらしい。そして、この世界ではこれが当然なのだ。
「岬、おはよう」
そうとなれば、とにかく順応しよう。幸い言葉も通じれば、よく知っている連中ばかり。そう難しいことではないように思えた。ただ、この岬の可愛さには頬が緩む。
「もうすぐ、小次郎達が来るんだよ。この森を狙っているんだ。それで」
それでサッカーの勝負をすることになったんだろう。そういえば、普段通りに見える仲間の顔にも、緊張が走っている。
「分かったぜ。俺がゴールを守ってやるよ。一点もやらない」

 現れた日向達に、俺は噴出しそうになった。日向はやっぱり虎だったし、若島津は狼だった。沢田は三毛猫。小学校時代の読売ランドを思い出す展開なのに、みんな耳が。笑いが止まらない。
「待たせたね」
審判は銀狐の三杉らしい。童話の狐にも失礼なほど、狡猾そうな狐はすっと前に出てきた。隣に狸らしい彼女を連れているのも、三杉そのままだ。
「この森の権利を巡って、争いが起こらないよう、グラウンドで勝負をつけることにした。そうだね?負けた方はさっさとこの森から出て行く。分かったね」
「うん」
「分かったから、さっさと試合を始めろ」
いくら日向が吠え立てても、虎縞だしな…。しかも、着ぐるみの袖を一人まくりあげてるとは。人知れず笑う俺に、小田が不思議そうに振り返る。
 試合は、主に中盤で展開された。さすがに黄金コンビは足が速い。長い耳もハンデにはならないらしい。その点、シッポの長い奴らは大変そうだ。直線的なドリブルの日向はまだしも、沢田は動き回るとシッポがからまるらしい。しかも、この着ぐるみは驚くことに、感覚がある。
「ちょっと待ってくださいよ、日向さん」
絡まったシッポを撫でる沢田が立ち止まるうちに、岬が足元からボールを奪った。
「いくよ、翼くん!」
それからの展開は言うまでもない。ウサギコンビはピッタリと息の合ったプレイで、ゴールを先取した。まさに、あの決勝戦をなぞるような形で、試合は展開されていく。
「畜生、このクマめ!」
違っているのは、怪我をしていないことと、この罵声。日向のシュートをキャッチするたびに、浴びせられるこの罵声は、正直神経に障る。
 この世界ではともかく、俺はクマじゃない。
「うわっ!何しやがる!」
その日向のシッポぎりぎりを通して、翼にパスを送った。沢田に2回、若島津に2回、日向には5回もクマ呼ばわりされた。
 絶対勝ってやる。

 そして、勝った。かわるがわる飛びついてくる犬達の後はウサギ達の抱擁だった。
「ありがとう、若林くん」
「若林くんが味方してくれて良かった」
ウサギらしくぴょんぴょん跳ねている翼を見ながら、俺は岬を抱き返す。着ぐるみ越しにも細い腰を抱き寄せ、気になっていたシッポに触れた。
「やっ、何するの」
こんなに短いシッポなのに、やっぱり敏感らしい。少しぴくっと震えた耳の先を舐めた。途端に岬の頬が赤く染まる。すごく可愛らしい反応だった。
「岬、これから」
言った時だった。
「くそっ、今度は負けたが次こそは…」
「日向さん、もう帰りましょうよ。勝負はついたんです」
「だが、あいつらにこれ以上ひもじい思いをさせるのは…」
膝をつく日向と若島津の会話に、岬が反応した。俺の腕をすり抜けて、二人の側に寄って行く。
「そっちの森はそんなに不作なの?」
たぶん、この岬も日向達と一緒にいたことがあるのだろう。気遣わしげに、岬は二人に尋ねる。
「ああ。今年はひどい有様だ」
「だから、この森まで来たんだが、主のクマがお前らに味方するとは思わなかったんだ」
どうやら、俺は森の主のクマらしい。きっと俺のことだから、可愛いウサギに頼まれてイヤと言えなかったのだろう。
「じゃあ、こっちで他の動物を襲わないって約束するなら、みんなだって分かってくれると思うよ」
岬の言葉に、俺は頷いた。岬は俺を振り返り、微笑む。白い耳が、少し揺れた。

「若林くん!」
岬の声に、俺は目を開けた。見慣れた天井に、枕元にはアンティーク風のランプ。そして、岬が俺を覗き込んでいた。
「寝坊するなんて、珍しいね」
朝のニュースが見たい、と昨夜自分が話したのを思い出した。岬が気づいて起こしてくれたらしい。…変な夢を見た気がする。何か、夢の中でも俺はサッカーをしていた。そして。
「どうしたの、ニヤニヤして?」
「岬がウサギの耳とシッポつけてる夢見たの思い出した」
岬が高校の話をするから、あんな夢を見たらしい。そして。白いウサギの着ぐるみ姿の岬は本当に可愛かった。もう少し時間があれば、洞穴であんなことやこんなことをしたのに。
「何だよ、それ」
ウサギの格好をしていても、岬は岬で。走るのが速くて、優しくて可愛くて。クマの俺はウサギの岬に惚れていた。
「聞きたい?」
疑いもせずに近寄って来た岬を、ベッドに引きずりこんだ。いくらウサギの岬が可愛くても、やっぱりこうして一緒にいる岬が一番可愛いし、愛しい。ウサギの岬はクマの若林に任せることにして、俺は俺の岬を抱きしめた。



(おわり)
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