宝物部屋(戴き物小説)

□貸し切り
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「アルバイトすることにしたんだ」
言った時の反応はすごかった。電話の向こう側、どんどんガラガラ。一体…何が起こってるんだろ。
「翼くんの彼女の中沢さんね、あ、あねごって言った方が分かるのかな?彼女がブラジル行くのに貯金するって言うから、お付き合いでね」
翼くんは、中沢さんのこと頼む、とは言わなかった。でも、やっぱり放っておけるはずもなくて。
 まあ、ほんとはそれだけでもないんだけど。冬になったらアルバイトも無理だから、夏の内に。
「あ…そうか。じゃあ、スーパーとか?」
若林くんがそう言うのも無理はない。小学校時代、この辺りにはバイトのいる店はスーパーくらいしかなかった。でも、今は違う。東京のような怪しいのまではないけれど 、ちょっとしたカフェ位はある。
「カフェのウェイターとウェイトレスだよ」
僕の言葉に、若林くんは少し止まった。
「…カフェって、こないだ話題になってたようなのじゃないよな?」
「違うっ違うって!」
反町くんが合宿で変なこと言うから!
「日本の最新情報だぜ。海外にいるから知らないだろ」
なんて、翼くんと若林くんに雑誌を見せてたもんね。
「普通のカフェだよ。南葛にそんな店があると思うの?」
僕の一言に、若林くんはやっと黙ってくれた。話すとうるさいのは分かっていたけど、かと言って電話に出られない理由をこじつけるのも…ねえ。

「ねえ、あれ…」
中沢さんに言われて、指された方を見た。アディダス帽こそ被っていないが、見覚えのある人物がサングラス着用で座っていた。
「岬くんのお客って多いよね」
中沢さんに言われるまでもない。
 さすがに夏休みだけのことはあり、先週は小次郎が来た。コーラを運ぶと、グラスに飾られたレモンを抜き取ってから、
「東邦ならバイトすることもなく、サッカー三昧だぜ」
とくどくど説教。中沢さんのボディガードだと説明して、やっと納得したみたいだけど。
「岬みたいなのでボディガード勤まるのかよ」
なんてからかわれた。
 その前の週には三杉くんが青葉さん同伴で来た。
「何だ、本当に普通のカフェだったのね」
って、このお嬢さんは何を考えていたのか。
「岬くんはカフェエプロンもよく似合うね」
なんて、東京から何しに来てるんだか。
 それにしても、毎度のことながら、こういう情報はどこから流れているんだろう。マークされることなんか何もないのに。

「これ、一つ頼む」
ましてや、彼。普通のカフェで安心した?低い声で注文され、僕は笑いをこらえて、復唱する。
「カプチーノですね」
それにしても、似合う。スーツとサングラスがこんなに似合う十代っていないと思う。かっこいいかも。
「お待たせしました」
笑顔でコーヒーを差し出す。自然に顔はほころんでしまう。
「ありがとう」
鷹揚な会釈に、一礼して下がった。
 何も言わないんだ。ばれてないつもりなのかな?
 ふと振り返った。優しい視線が追い掛けて来ていた。僕が手を振ると、慌てて姿勢を正す姿につい笑ってしまう。

「今日も働いたねー」
中沢さんと二人、大きく伸びをする。中沢さんの制服はワンピースにエプロンの可愛いタイプで、僕はこの写真だけは、翼くんに送ってあげてた。
「中沢さん、今日も家まで送るよ」
いつも中沢さんを送って帰るのが日課。お店では僕達は付き合っていることになっているが、殊更に否定もしていない。そういうの面倒だし。
「これ、さっき預かったのよ」
白い封筒。中には手紙。
「お前の家で待ってる」
一言だけ書かれたのが彼らしい。
「もしかして待ってるんじゃないの?早く帰ったら?」
中沢さんの言葉に何やら作為を感じて、少しむっとする。けど。やっぱり会いたい。
 僕は家までダッシュした。

「ただいま」
ドアを開けると、中から足音が返って来る。
「おかえり」
微笑む若林くんを睨み付ける。
「こんなところまで何しに来たの?」
言い放つと、若林くんは口ごもる。
「岬はああ言ったけど、そういうカフェだったらどうしようかと思って」
「もし、そうならどうするの?」
僕の質問に、若林くんは少し視線を逸らした。
「…指名しようかと思って」
…よくもまあ、そんなことを臆面もなく。
 サングラスは外しているけど、背が高くて体格の良い若林くんはスーツがよく似合っている。中沢さんがすぐ気付いた位、こんな地方都市では目立つことこの上ない。
 久しぶりだから、かも知れないけど、また大人っぽくなったような気もする。
 そんなにかっこいいくせに、バイト先で待ち伏せして、揚げ句の果てにその台詞なんて、君のファンに知られたら、許してもらえない。
「じゃあ安心した?」
仕方ないから折れることにした。会えて嬉しいのは僕だって一緒だ。むしろ、こんなことで駆け付けてくれるなんて、とちょっと感動していたりする。
「いや…がっかりした」
若林くんは僕の肩を大きな手で掴んだので、僕達は正面から向き合う形になった。
「どうして?」
僕は若林くんを見上げて尋ねた。意味が分からない。
「指名できるならしたかったぜ。お前誰にでも、いらっしゃいませって笑うし。」
若林くんは語尾を伸ばしながら、僕を腕の中に捕まえた。
「それが僕の仕事なんだけど。」
そういうカフェならもっと怒るくせに。腹を立てながらも、そこまで執着してもらえるのが嬉しいと思う。干渉されるのは嫌いなくせに、それすら許してしまっている時点で、半分負けているようなものだ。
「だって、俺は会えないのに、岬は知らない奴にニコニコなんて悔しいだろ」
僕一人包んでしまえる大きくて強い腕があるくせに、そんな可愛いことを言うのは反則だと思う。
「今日は機嫌良かったからだよ」
…面倒だからとはいえ、こんな風に甘やかすから、この坊ちゃんのワガママが治らないんだろうな。
 これで、アルバイト代でプレゼント買うつもりだなんて知れたら。
「じゃあ、これから貸し切りな」
つい嘘つきにもなる。もう既に歯止めのきかなくなった恋人に、僕は小さくため息をついた。
 もう、何年貸し切りだと思うの。束縛嫌いだった僕が、毎日の定時連絡に甘んじているのはどうしてだと思う?
「貸し切り料金高かったらどうする?」
開き直って口にした僕に、若林くんは少しも怯まない。
「一生分だって、先払いするぜ」
悔しいけど、君の愛は眩し過ぎる。思わず目をつぶっている間に、知らないところに連れていかれるような気がしてならない。
「ほら」
いつ用意したのか、若林くんの取り出した小さな箱には、銀色の指輪が輝いていた。
「今日見てたら心配になって」
君の愛は大き過ぎて、時々重くない訳じゃない。でも、振り回されることすら、嬉しいのはどうしてなんだろう。
「…これ、幾らしたの?」
それにしたって、これは重過ぎる。この色、輝き。
「だから一生分だって」
僕は、永遠の愛なんて信じられずにいる。こうして一緒にいる今も、もし若林くんが違う人を好きになって去って行ったとしても、笑顔で送り出すつもりでいる。
 なのに。
「ほら、よく似合う」
声も出せないくらい、胸が痛い。
「ありがとう」
お礼を言うのが精一杯だった。

「バイトの話聞いて、すぐ買いに行ったんだ。変なムシがついたら困るからな」
電話の向こうでのドタバタ、を思い出して僕はおかしくなる。本当に、何を考えているんだろう。
 僕はよほど分かりやすい表情をしていたらしい。若林くんは僕をじっと見た。
「岬のことだぜ。いつも岬のことを考えてる」
いつも、なんて重い。一生、なんて有り得ない。そう思うのに、僕は信じたいと思った。このどうしようもない胸の痛みごと、僕を受け取ってほしいと思った。

「明日朝早いから」
僕の言葉に、若林くんは不満たらたらだった。
「来るなら来るって事前に連絡してくれれば」
明日は朝から練習で夕方バイト。「貸し切り」どころの話ではない。
「でも、本当に焦ってたんだぜ。翼が彼女のウェイトレス姿が可愛いって自慢するから、同じ店って聞いてたし…」
若林くんの弁明を聞いて、僕は今更ながら、責任の所在を悟った。
「翼くんか。」
しばらくは全国に広まった噂の収拾に時間がかかりそうだ。その間に違う噂が流れるかも知れない、と目立ち過ぎる指輪にため息をついた。



(おしまい)
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