宝物部屋(戴き物小説)

□風邪
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――ドサッ

「あ、若林くん帰ってきた」

ぱたぱたぱたっ

「おかえりー……わ、若林くんっ!?」









――気がつくと目の前には家の天井と、岬の顔があった。

「若林くん大丈夫?気持ち悪いとか、ない?」
「あ、ああ大丈夫…つーか俺、どうしたんだ?」

ぼんやりする頭でなんとか、先程までの自分の行動を思い出してみる。

確か練習を終えてシュナイダー達と別れて、そっから……覚えてない。どうやって帰ってきたんだろう。
なんだか考えるのが億劫になってきた。

「若林くん、玄関で倒れちゃったんだよ?」
「げっ、マジ?」
「あ、じゃぁお医者さんに診てもらったのは?覚えてない?」
「……まったく」

――情けねぇ。
あぁ、そういや今朝、喉の調子がおかしかったっけ。昼飯も食欲なくてあんま喰えなかった。
帰り支度の頃には着替えるのもやっとなくらい、かなり辛かった。気がする。
…なんだかいろいろ記憶が甦ってきた。

昨夜はあのまま裸で寝ちまったし、てことは完ぺき風邪か。
まぁこれが岬じゃなくて俺でよかったけど。
とりあえず安心した。

「帰ってきていきなり玄関で倒れたからビックリしたよー。でも、ただの風邪だって言ってたから、ゆっくり休んだらすぐよくなるって。あ、熱計ろうね」




明日が休みでよかった。




「お粥、作ったんだけど食べれそう?あとでお薬飲まなきゃ」




くすっ

「?なに??」
「いや。岬がお粥フーフーしてる顔が可愛いなと思ってさ」
「わわっ、若林くんっ、そーゆぅ事言うと看病してあげないよーもー」

俺の言葉にいちいち反応して、紅くなったり…そうやってほっぺたふくらませた顔なんかも、めちゃくちゃ可愛いんだな。

「あははっ、ごめんごめん。あーん」
エサを欲しがる鳥のヒナみたいに口をあけてお粥を待っていると、あまりに間抜けな俺の顔を見るなり岬がふきだして、笑った。






「岬、ごめんな。心配かけちまって」
「ううん。そんなの気にしないで。でも、本当にたいしたことなくて、よかった」
「…岬、泣いた?」
「えっ、なんで?泣いてなんかないよ、やだなー」
「ほっぺに涙の跡ついてるぞ?」
「えっ、うそっ」
岬は顔を真っ赤にしながら慌てて自分の頬をごしごしと擦りだした。
「ほら、やっぱり泣いた」
「……」

からかうつもりはなかった。
涙でいっぱいの岬を想像してしまったら、泣かした罪悪感よりもなんだか温かいものが胸に込み上げてきて、とても幸せな気持ちになった。
岬を泣かせたくなんかないけど、俺のために泣いてくれるのはやっぱり嬉しかったから。

「……だって、本当に、心配したんだよ?」

目の前で俯いて涙をポロポロこぼす岬がとても愛しくてたまらなくて
気がついたら俺は…

「ごめん」

まだ熱でだるい身体を無理矢理起こして岬を抱き締めていた。








くんくんっ

「なんか岬、甘くていい匂いがする」
「あぁ、昼間ドーナツ作ってたから」
「岬のドーナツうまいよな」
「明日、調子がよくなって、食欲もあったら一緒に食べようね」
「楽しみだな」
「……若林くん、眠っていいよ。僕それまで側についてるから」
「岬も今日は疲れたろ?俺にかまわず眠たくなったら寝ろよ?」
「うん。あ、眠るまで手握っててあげるね」

ぎゅっと手を握り優しい眼差しで俺を見る岬が、なんだか母親みたいに思えてきた。
いい歳して甘えたガキみたいな自分が可笑しい。
でも…
「たまには、岬に見つめられたまま眠るのも……いい…な…」
いつもはだいたい岬が先に力尽きてしまうから、寝顔を見るのは俺の方なのに。
と、続けようとしたが
さすがに疲れたのか、熱のせいか…やはり岬に手を握られて安心したのか。
目を瞑った瞬間、俺はすぐに眠りに就いてしまった。








「早くよくなりますように」

そう言って岬は俺の頬にそっと、祈りのキスをした。


おしまい
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