NOVEL

□義親子クリソル
1ページ/1ページ

クリフ=アンダーソンには親が3人居る。
2人は実親であり、故郷がギアに襲撃された時にクリフを庇いそのまま死別してしまった。
もう1人は、その時に出会った賞金稼ぎの男だった。

カイ=キスクは聖騎士団団長の執務室へと向かっていた。
なんてことはない、いつも通り報告書や各部隊の様々な連絡事項を書類として提出するためである。
カイは若く才能溢れ、壮年となった団長クリフの補佐としてその身を置いて居る。地位としては団長に次ぐ副団長という立場で、もしクリフに何かあればそのまま跡を引き継ぐ後継者である。とは言え、クリフも今だ気力体力充分な若さゆえ、カイ自身はおいそれと簡単に跡を継ぐこともないだろうと考えている。実力的に飼い殺しのような立場だが、実際にはクリフと遜色ない働きをするカイに、周囲は十二分に理解を示しその扱いも決して悪くなく戦況は良いとは言えなくとも充実した日々を過ごす今に不満は無かった。
そしてカイ自身はクリフを心から尊敬し従うことを嬉々としている。常に死と隣合わせである団員たちを家族と呼び、大切にしながら勝利を手にするクリフにカイは既に亡くした父を重ね合わせ慕っていた。

カイが執務室をノックしても、返答は返ってこなかった。一度戻ろうかと考えるもなんとなく手を掛けた扉に鍵は掛かっておらず、ならばすぐに戻るか、誰かが入っても問題は無いのだろう。
礼儀正しいカイは誰も居ないはずなのに、失礼しますと一声掛けて入室する。だが、誰も居ないと思っていたそこには先客が居た。禁煙であるはずのそこで盛大に煙草を吸って。


執務室から凄まじい怒鳴り声が聴こえ、慌てて戻れば予想通りの光景が繰り広げられていた。
後継と見定めた青年が、執務室の応接ソファでふんぞり返る男をひたすら注意している。禁煙であるこの部屋で堂々と煙草を燻らせる姿に規律厳しい青年が耐えられなかったのだろうと容易く想像は出来た。

「カイ!気持ちは分かるがちょっと落ち着け!とうさん!あなたも黙ってないで俺の名を出せばいいのにもう!」

とうさんと呼ぶクリフの声に、周りは凍りつく。何時の間に控えて居た副官さえ珍しく驚いているのか、目を点にして停止していた。

とうさんと呼ばれた、見た目にはクリフより若そうなヘッドギアの男だけは、不機嫌そうに「めんどくせえ」とだけ零した。


クリフ=アンダーソンには親が3人居る。
2人は実親であり、故郷がギアに襲撃された時にクリフを庇いそのまま死別してしまった。
もう1人は、その時に出会った賞金稼ぎの男だった。
両親に庇われ命は助かったものの、ギアの醜悪な牙は眼前に迫りクリフの命も風前の灯火だった。この場で実親と共に死を覚悟した幼いクリフであったが、そのギアは唐突に紅い焔に包まれ絶命した。呆気に取られるクリフの前に現れたのは、紅い無骨なヘッドギアを着けた見るからに逞しい男だった。
男は、絶命した両親に守られ血塗れなクリフを見つけると、その小さな身体を拾い上げ肩に乗せた。
助けてくれたのかと麻痺した頭でようよう理解したクリフは、赤茶の髪にしがみ付いて声を殺して泣いた。
その時になり、男は一言だけポツリと囁いた。

「間に合わなくて済まねぇ」

慰めも同情もしなかったが、その一言はクリフの幼い心にするりと入り、渦巻く胸中を落ち着けた。
唯一の生存者として孤児院のある街まで送り届けられたが、そこに留まることを拒否し男について行くとしがみついて離れなかった。
子どもの面倒を見る余裕も無く、危険なたびにしかならない、そもそもあしでまといだと幾度も諭す男と、そしてシスター達。
それでもクリフは譲らなかった。
結局男が折れ、どうなっても知らないぞと脅しをかけて来たのを無視してついて行った。

今から30余年も昔のことである。

にわかに信じ難い話ではあるが、クリフ直々の口から語られては疑う余地も無かった。この飛んでもなく無作法ものは尊敬するクリフの養父であり、彼より30は歳を得ていることになる。頭では理解したものの驚愕は隠せず、カイは男を凝視した。忠実な副官も同じようらしく、「存じませんでした」「まあ俺も誰にも話さなかったしなぁ」などとやり取りをしていた。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ