おとしたのーと。

□#08 ただ一つの。
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その時の私は何も知らなかった。


“客”というのがどういう存在なのか。

何故彼が私との時間を欲しがったのか。

彼の生い立ちも、

彼が此処に居る意味も、

彼がこれから何をしようとして居るのかさえ…


私は、何も分からなかった。






*+*+*






目が覚めると、近くに普段は無い、温かな気配を感じた。


「ん…ぅ?」


自室で眠る時は遮光カーテンを閉じてしまうので、朝になってもそれほど多くは光が入る事は無い。だが今日は、いつにも増して瞼の裏で感じられる光が多い。

不思議に思って薄く目を開けると、破れかけたカーテンと、僅かに開けられた窓。そして其処から入る柔らかな風によってなびく、藍色の髪。


(藍色の…髪?)


断じて私の髪色ではない。まだ重たい瞼を必死に持ち上げて視界を広げると、ぼやけた世界の中に端正な顔立ちが映った。


「む、骸…っ?!」


小さく悲鳴を上げて、私は身体を後ろにずり下げる。しかしその行為はあまり意味を成さず、腰に乗っていた腕が私を引き寄せた為に先程よりも近くなる。


「…っ!、!!」


あまりの事に、声が出ない。
腰に添えられた腕とは別の手で頭を抑えられ、彼の胸に押し付けられる。


「緋露…逃げないで……」

「むく、ろ…?」


どうやら彼は、既に起きていたらしい。彼の声に少し落ち着いて身体から力を抜くと、私を抱き締めている腕が震えている事に気が付いた。


「ーー…僕も君と繋がりたかった。でも、どうやらそれは叶わないらしい。今の君と僕では、繋がっていられない様なんです」

「“契約”、しても?」

「、はい…」


微かな肯定は消え入りそうで。
私は身体の下になっていない方の手を彼の腕から出して、彼の背中に回した。


「ーー骸、私は“契約”がどんな影響を及ぼす物なのか、分からない。でも、それによって何かが私達を別つとしても、私の心は貴方の側に在りたいと思う」



ーーそれではダメ?



顔を上げて問えば、視線が彼とかち合う。彼は私の言葉の真偽を確かめようとして、真っ直ぐに視線を合わせて来た。


「…いえ。君の心が僕と共に在ると言うのなら、僕は僕の道を進む事が出来ます」

「うん。それなら私は、骸とまた会えるまで、ずっと待ってる」






きっと、彼は望んでる。





「時が来たら、」







「また会いましょう」
『Arrivederci』







再会の約束を。






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