折れた翼は―
□標的9
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かちゃかちゃかちゃ
「ルッス〜、次はどうするの?」
「えーっと、じゃあ生地をカップに流し入れて貰おうかしらねぇ」
「分かった!」
輝羅ちゃんと私は並んでキッチンに立っていた。
シェフが使う厨房とは別に作られた此処は、主に私、そして時々輝羅ちゃんが使っていた。
私達二人は今、午後のお茶の時間になる前にお茶菓子としてマフィンを焼いているの。
私だけで料理やお菓子作りをする時は凝った物を作る事が多いけど、輝羅と共にする場合は彼女のレベルに合わせて比較的簡単に出来る物を作る事が多かった。
「そういえば輝羅ちゃん、」
「んー?」
口金からトロトロと流れ出す生地を見ながら、輝羅ちゃんは生返事を返す。
真剣なその表情が可愛くて、思わず笑みがこぼれる。
「輝羅ちゃんは、此処に来て良かったと思ってる?」
「どうしてそんな事聞くの…?」
何となく疑問に思ってた。
身寄りの無い彼女だから此処に来たのは致し方ない事だったけど、ホントは普通の暮らしをしたかったんじゃないかって。
そう私が言えば、輝羅ちゃんは少し俯いた。
「この前の任務の時は、また自分の手が他人の血で濡れるのが怖かった。何の為に人を殺すのか、分からなかったから」
いつも笑っている彼女が、少し弱い部分を見せる。
昔は家族の許へ帰る為にしていた事。
あの時は何とも思ってないって顔をしてたけど、やっぱり人殺しなんて彼女には荷が重いのだろうか。
「でもね、」
上がった顔は、泣いていない。
「ベルが『いつでも待ってるから、此処に帰って来い』って言ってくれたんだ!」
此処に帰って来る為に、私は諦めないのだと。
此処に居る為に、私は強くなるのだと。
後悔していないその姿に安心した。
ーーでも、彼女から伝え聞いた私ですら分かった彼の言葉の真意は、彼女には伝わっていない。
無邪気な笑顔は、純真無垢であるほど理不尽で。
きっとベルちゃんが伝えたかったのは、彼女を好きだと言う気持ち。
いつでも彼は、彼女に全身で愛を伝えてる。
ベルちゃんは輝羅ちゃんが好きなのを隠そうともしてないし、輝羅ちゃんはいつもくっついてるベルちゃんを嫌ってない。
でも、嫌われてる訳でもないけど、此処まで伝えてるのに伝わらないベルちゃんに脈はあるのか…って心配になるわ。
ほら、輝羅ちゃんとも1年以上の付き合いだけど、ベルちゃんとは8…いや、もう9年以上の付き合いになるんだもの。
歳の離れた弟の恋を応援したいと思うのは、普通じゃない?
だからと言って、輝羅ちゃんに無理にベルちゃんと付き合えって言う訳じゃないけど…。
ちょっと話題が湿っぽくなっちゃったから、私は話を替える事にした。
「じゃあ、このマフィンが焼けたら、誰にあげたい?」
輝羅ちゃんが生地を入れ終わったカップを鉄板の上に並べて、私は温まったオーブンの中にそれを入れる。
後は焼けるのを待つだけね。
オーブンの蓋をした時、彼女から返ってきた返事に私は固まった。
「それって、此処に居る人だけ…?」
この子はもう少し、相手の意図を考えるべきね…
思わず彼女の言葉に苦笑した。
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