letter for you...
□6通目
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「っは、はぁ、は、っ」
此処までの全力ダッシュは、一体いつ以来だろうか。
運動部でも無い私は明らかに体力不足で、校舎が見えて来た所で既に、肩で息を切らしていた。
「は、っは、ぁ…」
私が校門をくぐって直ぐに、予鈴のチャイムが鳴り響く。
校門脇に控えていた学ランにリーゼントが特徴的な風紀委員達が、膝に手を付く私の後ろで門の柵を閉めた。
「………君、ギリギリだったね」
自分の上に影が落ち、頭だけを動かして相手を見上げる。
逆光と酸欠になった頭のせいで認識し辛かったが、其処に居たのはこの並中で誰もが恐れる風紀委員長様であった。
「おはよう、ございます、雲雀、さん」
大きく息を吸った後、身体を起こして相手に向き直ると、朝の挨拶を口にした。
「……おはよう田嶋。珍しいね、君が遅刻しそうになるなんて」
「そう…ですね、」
彼と私は、お互いに既知の仲であった。とは言っても、別に私が彼の言う"風紀"を乱して御厄介になった訳で無い。ただ単に放送部の仕事をしていて下校が遅くなった時に、校内の見回りをしていた彼に見つかったのが知り合った切っ掛けだった。
「じゃ、そろそろ行きなよ。君は授業をサボったりしないんだろう?」
それは言外に、彼は普段サボっている、という事だろうか。
「はい。では、失礼します」
粗方整った鼓動をもう一度深呼吸する事で落ち着かせ、私は足早にその場を去った。
「あれ、田嶋さん…?」
下足箱から自分の上履きを取り出していると、後ろから声が掛かった。
びくり、と肩を揺らして声の方を振り向くと、重力に逆らって上に伸びる、ススキ色をした髪の男子が立っていた。
「っ、えっと…沢田、君か…」
「おはよう。田嶋さん、俺の名前知ってたんだね」
笑う彼は、どうやら遅刻して来たらしい。私と話していたからなのか今日の遅刻者は風紀委員長から免れたらしく、他の風紀委員に名前をチェックされただけの様だ。
……まぁ、本鈴遅刻だったら確実にトンファーの餌食になっていたのだろうが。
「おはよう。…これでも一応は学級委員だからな。クラスの奴の苗字位は憶えているさ」
これは本当の事だ。でも、目の前の彼の事は、それだから憶えていた訳では無い。彼自身は未だ気付いて居ないだろうが、何せ彼の秘密の文通相手はこの私なのだから。
「そっか。俺は頭悪いからさ、話した事無い人の名前はあまり憶えて無いんだよね」
「特に女子」と乾いた笑いを浮かべる彼に、どんな表情をすれば良いのだろう。成る程と同意すれば良いのか、それとも少なからず自分の名前は憶えられていた事に安堵するべきなのか…。
「………私と沢田君は初めて同じクラスになってから、今まで話した事は無いと思うんだが…?」
「? そうだった、かな?」
少し曖昧な彼の記憶との食い違いに苦笑する。
もしかすると、彼を彼と認識する前に話していたのかも知れないが、今となっては分からない。
「私は委員の仕事で前に出る事も多いから、その時に何度も声を聞いているせいで話した事がある様に思うんじゃないか?」
「……そうかも」
一番納得出来る答えを提示して、私は靴を履き替える為に下ろしていた鞄を手に取る。
「ほら、納得出来たなら行くぞ。授業が始まってしまう」
「あっ、ま、待って田嶋さん!」
駆け出した私の背を追う様にして、後ろから足音が追って来る。
幾ら運動の出来ない彼だからといって、所詮男と女。
足の長さの違いから来るリーチの差で、直ぐに追い付かれるであろうと思うと、思わず口元に笑みが浮かんだ。
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