松風天馬に恋をする
□日誌
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『さて、何を書こうか』
呟きながら窓の外を眺める。外は生憎の雨で放課後特有の運動部の声などは全くなく、教室も人がいなくて静かだった。サッカー部はサッカー棟にもグラウンドがあるから普通に練習できちゃうんだよね。天馬頑張ってるかなー。最近は京ちゃんも天馬のことを名前で呼ぶようになって一緒にいる時間が多くなった。だから天馬と二人きりになる時間が減った。寂しいなと感じるけれど、それでもみんなと一緒にいるのもとても楽しいから文句言えない。
『どうしたもんかなぁ…』
「ねぇねぇ、なまえ見てこれ!」
狙ったようにやってくるね天馬くん。突然扉を開けて入ってきた天馬は一目散に私の席にやってきて身体をこちらに向けて前の席に座った。
じっと改めて天馬を見るといつもの彼にはかけられていないものが目に入る。
『部活は?』
「休憩中!」
『そのメガネは?』
「速水先輩のを借りた!」
似合う?と期待に満ちた目を向けられた。似合うか似合わないかで言ったら正直似合ってない。彼には丸型メガネは似合わない。それを相手に伝えるとえー…。と肩を落としてしまった。
『そのメガネよりこっちのメガネをつけて欲しい』
「これなまえの?」
『うん。』
「目、悪かったんだね」
『実はね』
と言ってもほんとに少し悪いだけなので普段は裸眼で過ごしている。速水メガネをとり、私のメガネを装着する天馬をもう一度じっと見つめる。
やばい、めちゃくちゃ格好いいぞ。
どう?とこちらを見つめる顔にうんうん頷く。
『似合ってる』
「ほんと!?」
『まあ、素がいいからね』
「……」
『?なに?』
「いや…、」
手で顔を隠しながら何か言ってるけどよく聞こえない。いいや、それよりも日誌書いてしまわないと。視線を天馬から落とし日誌に向ける。日誌って面倒くさいんだよな。これといって何にもなかった日には特に。なのに今日1日の感想五行以上書けとか、最早いじめ。
うーん、と頭をひねらせていると前からガタリと椅子の動く音が聞こえた。反射で顔を上にあげる。
『てん、……』
なんだこれ。
目の前には天馬の顔があって、鼻のあたりにごちりとメガネが触れる。
は?え、近っ…。
「あー、だめか」
そう言って天馬は一回離れ、メガネを外してからもう一度顔を近づけた。
自然に触れる唇。それが離れるまで私は動くことができなかった。
満足そうに椅子に座り直す天馬。
おい、ちょっと待て。
『え、あれ、今』
「ゴチです!」
『待て待て。急すぎてもう何がなんだか』
ドキドキもなんにもなかったよ。キスとかするときってお互いに顔を赤らめてドキドキしたりするもんじゃないの?え?違うの?
「嫌だった?」
『そうじゃないけど…キスってこう、ドキドキ感を味わうもんだと思ってたから』
改めて口にすると恥ずかしいな。もう何でもいいや。天馬とキスできたことには変わりないし。
そう割り切ってたのに天馬の顔が再び近づいてきた。
『ちょ…、』
「もう一回すればいい」
すっと頬に彼の手が添えられる。
「目、閉じて」
ぎゅっと素直に閉じると天馬が小さく笑うのが聞こえた。それでも目を開けなかったのは頬に触れている手が微かに揺れたのを感じたから。彼も緊張してたんだ。それを知れただけで安心できたし、彼を待つことができた。
「天馬、そろそろ練習…」
なんというタイミング。
開け放たれた扉の前には固まってこちらを見る京ちゃんの姿。
私と天馬は勢いよく離れた。
「あー…、悪い」
「い、いいやっ、大丈夫だよっ!練習っ?」
ガタガタと大きな音を立てながら立ち上がり、京ちゃんのもとに慌てながら行く天馬。その後ろ姿に笑みがこぼれてきた。教室を出る際、二人を呼び止める。
『練習、頑張ってね』
「…、うんっ!」
『京ちゃんも』
「ああ」
廊下を軽快に走る音を耳にしながら、また振り出しに戻る。
『さて、何を書こうか』
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