オレンジデイズ

□泣いてもいいんだよ。
1ページ/1ページ



『早く帰ってきてね』


そう言う彼女に俺は分かった、と頷いた。
早く帰ってきてと言われても、ただ如月さんを家まで送るだけだし、こんな時間に寄り道する気もないからそんなに時間のかかることないと思うんだけど。
ナノハが、あまりにも真剣で、そして少し悲しそうに見えたから心配させたくない一心で頷いた。


所々街灯で小さくライトアップされている夜道を二人で歩く。正直すごい気まずい。如月さんには春に告白されて、それから何回か学校でアプローチを受けてきたけど、それをすべて躱してきた。だって俺、ナノハが好きだったし。もちろん今も。如月さんのことは普通可愛いと思う。今まで避けてきたけど今日やりとりしてみて、笑顔がとても可愛いし、素直だし、なんというか頭を撫でたくなってくる。俺は一人っ子だからよく分からないけど妹がいたらこんな感じなのかな。前みたドラマで兄が妹の頭をあやすように撫でていた。きっと、その時と同じような感覚だ。今なら兄の心情をがっちり掴むことができそうだ。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。なにか話さないと…。
そう思っていたら、如月さんの方が先に口を開いた。


「先輩は、」

「…うん?」

「ナノハさんのこと、好き、なんですよね」


そんなの当たり前だろ。初めて女の人を好きになって、やっと手に入れたんだ。簡単に手放すつもりはない。なんて独占欲丸出しだけど、それだけ好きなんだ。


「好きだよ。」


側にいてドキドキするのも、手をつないだり抱き締めたり、触れたいと思うのもナノハだけ。
最初はこんなに好きになるなんて思ってもいなかった。LBXにしか興味なかったし、今だって大好きだ。でもそれと同じくらい彼女のことが好きで簡単に表すとLBX=ナノハ。あれ?これでいいのか?でもLBXと同じくらいだなんて俺にとっては凄いことだから。うん、そういうことにしておこう。


「相手の気持ちは関係ない、なんて言いましたけど」

「うん。それ間違ってるよね」

「相手の幸せは願ってしまうもんなんです」


悲しそうに苦笑いをしている横顔が目に入った。なんだろう、またしても物凄く頭を撫でてあげたい衝動に駆られる。如月さん妹素質なんじゃないかな。…なんだ妹素質って。

そもそも如月さんは本当にナノハのことが好きなんだろうか。俺が見る限りラブというより…


「如月さんはナノハのこと好きなんだよね」

「はい!」


ほら、こんなに瞳を輝かせて。


「俺よりも?」


俺よりも、なんてまるでナルシストのように聞こえんでもないけど、彼女は前まで俺のことが好きだったんだ。間違った使い方はしてないだろう。
如月さんの表情は固まって、少ししゅん、として下を向いた。


「…一目惚れだったんです」


えっと、それはどちらの話だろうか。俺?それともナノハ?


「一昨年のアルテミスを見に行って、初めて先輩を見た時、心臓が高鳴って…」

「……。」

「初恋だったんですよ?しかも一目惚れ。簡単に変えれるわけないじゃないですか」

「じゃあ、ナノハは」

「ナノハさんも好きです。あんなに先輩のことを思えるのはとても素敵だと思います。」


やっぱり、彼女がナノハに対する好きは憧れなんだ。


「私、これでもちょっとした財閥の生まれなんです」

「え、そうなの?」


はい、と如月さんは静かに頷いた。財閥といったらジンしか思い浮かばない。そっか、如月さんはお嬢様なんだ。
だから、お見合いしていたのかな。


「兄がいて、兄が家を継ぐんです。だからお父様は私がいらないんです。私を家から追い出そうとしました。お母様が必死に止めようとしたんですけど、お父様の言うことは絶対なんです。お母様は優しいからせめて行く場所を作ってあげようと私にお見合いさせているんです。」


長々と紡がれた言葉を衝撃を受けた。
じゃあ、如月さんがお見合いしているのは彼女を家から追い出すためってこと?


「絶対好きな人と結ばれたいんです。追い出されて好きでもない人と一緒にいるなんて嫌。好きな人と結婚して見返してやりたいんです」

「如月さん」


彼女はゆっくりと此方をみた。今にも泣き出しそうな顔。必死に涙を堪えてる。
そんな彼女の頭を優しく撫でる。何回もゆっくり撫でていると次第に如月さんから嗚咽が漏れ始めた。


「ごめん、俺は如月さんの気持ちに応えられない。大切な人がいるから」

「わか、ってますっ…」

「でも、君の力にはなりたいんだ。俺やナノハは絶対君を拒まない。今までよく頑張ったね」


泣いてもいいんだよ。
その言葉を言った瞬間如月さんは今まで我慢していたものを一気に押し出すように声をあげて泣き出した。
近所の迷惑にならないか心配になりながらも頭を撫で続けた。


しばらくして、大分すっきりしました。と彼女は目をこすりはじめた。
あぁあ、そんなに擦ったら目がが腫れるよと忠告したが大丈夫ですの一点張りで聞き入れて貰えなかった。


「先輩、送ってくれてありがとうございました。家すぐそこなんで」


え?と如月さんの肩越しに少し奥の方に目を向ける。少し先にでっかい屋敷が見えるんだけど、家ってまさかあそこかな。さすがにジンの家よりは小さいけどそれでも普通の家より倍はありそうだ。
…お金持ちって怖い。


ありがとうございました。ともう一回お礼を言って踵を返した彼女を見守る。すると本当にでっかいお屋敷の中に入っていった。ほんとにあそこだった。知り合いが二人もお金持ちって凄いことじゃないか?
CCMを取り出して時間を確認すると家を出てから20分ほど立っていた。あまり遅くなるとナノハが心配する。急ぎ足で来た道を戻った。





家に帰るといきなりナノハに抱きつかれた。背中に手を回し、顔を胸に埋められたため此方は身動きがとれない。
いやそれよりもナノハの方から抱きついてくるなんて初めてで、びっくりして身動きがとれなかった。


『おかえり』

「た、ただいまっ…」

『心配した』

「??う、うん?」


何をだろう?
考えても思い当たる節がなにもない。あ、そうだ如月さんさんのことを伝えないと。
ナノハ、と名前を呼ぼうとしたら向こうの顔が上がった。そしてそのまま両手で顔を包まれる。
あ、あったかい…な。
いつもと違う落ち着いた様子の彼女に戸惑う。さらに次の言葉と行動に俺の思考は完全に停止することになった。


『キスしたい』


聞き返す暇もなく、気付いたらナノハの柔らかい唇が俺のに押し当てられていた。目の前には瞳の閉じられた彼女の顔があって。
は?え?俺、キスされてる? ナノハの方から俺に?
驚きのあまり唾を飲み込む。
すぐに唇が離れて目を開いて此方を真っ直ぐ見つめるナノハに段々恥ずかしくなってきて、どうしたんだと躊躇いがちに聞いたが、彼女は笑うだけ。
しかもその笑い方が妙に色っぽかった。
うわ、ダメだ。これ以上くっつかれてたらなんかヤバい。とにかくヤバい。
自分の中のなにかが千切れてしまいそうにになるのをなんとか抑えながらナノハの肩に手をおき、なんとか自分から引き離した。
取りあえず如月さんのことを伝えないと。


「ナノハ、如月さんのことなんだけど」

『…如月さん?』


声のトーンが少しだけ下がったような気がしたが今の俺にそんなのを気にしている余裕なんてなくて、無我夢中に彼女のことを話した。すべてを話したあと、ナノハは『そんなことが…』と辛そうに眉を寄せる。そしてすぐになにか思い付いたのか『よし!』と意気込んでから此方を見た。


『今度、如月さんをお店に連れてきて!』


なにを考えているのかは分からないけど、ナノハを信用して快く頷く。
よかった。いつもの笑顔だ。少しあどけなさの残る彼女の顔を見ながら安堵の息をバレないように吐いた。






.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ