オレンジデイズ
□私のだから
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『うわぁ、緊張してきたぁ…』
「俺、お店の厨房入るの初めてだ。入ってよかったの?」
『大丈夫!マメさんには許可貰ってるから』
ならいいか、とバン君は辺りを物色し始めた。
バン君の夏休みも中盤になり、遂にJr.のお見合いの日がやってきました。
メニューは簡単なものだけど一人で作って持って行くもんだから緊張する。しかも食べる人がマメさんやらJr.だからなおさら。
厨房で独りぼっちは心細かったためLBXのメンテをしていたバン君を無理やり引っ張って連れてきた。最初は嫌がっていたのに厨房に入ってからは楽しそうに動き回っている。
まだ時間が余っていたので冷たいお茶を注いでバン君に手渡した。
マメ「お、俺にも淹れてくれねぇか」
『あ、ちょっと待ってくださいね』
のれんを上げながら入ってきたマメさんに淹れたお茶を渡す。一応Jr.の分も淹れて一緒に手渡した。
『Jr.は?』
マメ「向こうで固まってらぁ。おう、彼氏さんよう来たな」
バン「お邪魔してます」
私の隣に来てぺこりと頭を下げる。その様子を見てマメさんは口を大きく開けて笑いバン君の頭をボスボス叩いた。
マメ「嬢ちゃんだって緊張してるんだ!お前さんまでそんな固くなるなよ!」
バン「え、あ、はい」
何回か叩いたあと満足したのか一息吐いてからのれんをくぐっていった。
ポカンとマメさんが出て行った方を見る私たち。
「…豪快な人だね」
『そこがあの人の良いところだよ』
それからうどんを茹でたりと下ごしらえが終わった頃、お店に人が入ってきた。今日はお店自体は休みにしてあるので、今入ってこれるのはあの人たちしかいない。
『きたあぁぁあぁ…』
バン「お、来たの?」
おぉぉ…となんとも女の子らしくない声を出しながらのれんの隙間から覗いてるとそれを見つけたバン君は寄ってきて私に被さるように上からホールを覗いた。
何気に私の頭の側でお茶を飲もうとするのは止めて欲しい。まだ飲み終わってなかったのか。だいぶ前に渡したような気がするんですけど。
『やっぱ可愛い子だなぁ、Jr.には勿体無い』
バン「ブッ…!」
『なに!?』
見合いの子をみた瞬間、バン君が吹いた。げほげほと咳込むバン君からグラスを剥ぎ取る。
言わんこっちゃない!
どうしたの?と聞くと彼は視線を泳がせた。
何か隠していると思ったが今は向こうの様子が気になる。バン君の腕を掴んで逃がさないようにしてからホールの方へ聞き耳立てた。
親御さんによる軽い挨拶から始まって自己紹介をする。
「丸山隼人です」
「…如月ハルカ、です」
Jr.の方はいつもと変わらないが女の子の方は乗り気じゃないのか少し口調が鋭かった。
13歳だからか、無理もないかもしれない。まだ中学生だ。
私が中学生の頃なんて結婚だなんて考えたことがないもの。
そんなこと考えていたらマメさんと目があった。彼が頷いたのを見て私も頷き返す。
「ねぇ、俺やっぱ帰ってもいい?」
『ダメ』
「うっ……」
『ちょっと離れてて』
バン君がしぶしぶ離れたのを確認して中台に行き、うどんをざるに移し冷水につける。器も冷水に潜らせてからうどんをそちらに盛り付けた。さっきすり下ろしたとろろをかけ、仕上げに中心に窪みを作ってうずらの卵を乗せて完成だ。
二人のところへ持って行くと如月さんの強張っていた表情が少しだけ柔らかくなった。
うどんが好きなのかな。
おいしい!と言ってうどんをすする彼女が可愛くてその場で微笑んでいると、Jr.は私がいるのにも関わらず軽々しく如月さんに質問した。
隼人「如月さんは意中の人がいるのか」
ハルカ「はい。私はバン先輩一筋なんです。だから貴方と見合いなんてゴメンです」
『……んん?』
私だけでなくJr.とマメさんの動きも止まる。そんなの気にせずうどんをすする如月さんとしまったと顔を青ざめる親御さん。
隼人「バン、というのは…」
ハルカ「知らないんですか?アルテミスファイナリストの山野バンですよ!私は先輩に会うために今の中学に入学したんです」
両頬に手を当て、赤くなる彼女はまさに恋する乙女という感じで。
まだ固まって動けない私に対してJr.は席を立ち、厨房に入っていった。そして引きずられて出てきたのは如月さんが大好きだと言った山野バン本人。
ハルカ「先輩!こんなとこで会えるなんて…、これって運命!?」
バン「違うと思う…」
ばっさりと否定したにも聞き入れず彼女はバン君に近づいて腕を絡ませた。
それを見て私の中で何かが渦巻き始めるのを感じた。
私の隣でくつくつと笑うJr.のお陰でそれは一層湧き出す。
隼人「君の彼氏は美人に好かれるな」
『嫌みですか』
隼人「そう聞こえるのか?」
楽しそうに話すJr.に顔を背ける。この人はこうやって人で遊ぶから嫌だ。
如月さんはバン君を離そうとしない。バン君も引き剥がしてしまえばいいのに何故しないの。
ハルカ「いつ私に振り向いてくれるんですか」
バン「いつかというかないから」
ハルカ「バン先輩学校で私を避けてますよね?」
バン「ぐ、偶然じゃないかなぁ!」
私のことなんて完全に蚊帳の外だ。
なんでそんなくっついてるの。
顔近いよ。
腕組まないで。
嫌だ嫌だ嫌だ。
だってバン君は私の。
ぐいっとバン君と如月さんの間に割って入ってやった。
不機嫌に眉を寄せる彼女ににっこり笑顔を向ける。
『始めましてー、バンの彼女ですぅ』
ハルカ「彼女?あなたが?」
『ええ』
威圧感たっぷりに挨拶したつもりだったのに相手はもろともしないであろうことかバン君に向かっていつ別れるのかと聞き出し始めた。
ブチっ、と私の中で何かが切れる音がした。
『別れませんっ!』
ハルカ「貴方には聞いてないわ!」
『っ、バンは!』
バン君の腕を掴み、此方に引き寄せる。
『私のなんだから!!』
ぜえぜえと呼吸を整える。
何回か肩を上下に動かしながらその場が静まっていることに気がついた。
Jr.が笑いを必死にこらえているがそれ以外の者は口を開けて呆然としている。あのマメさんまでも。
……あれ?私今なんていっ…
全身沸騰するくらい熱が上がっていくのを感じた。
顔が熱い。みんなの顔が見れない。
羞恥心で顔を下げた。
『もういいですよね、帰ります!』
早口でまくし立てバン君の腕を引っ張って外に出ようとしたらJr.に呼び止められた。
なんだ、と真っ赤になっているだろう私の顔を上げると、ナイスファイトと笑いながら親指立てられた。
馬鹿にされた気しかしない…。
そうして外に出てバン君の腕を掴んだままなにも離すことなく急ぎ足で家に帰った。
『ごめんなさい。すみません。いっそ殺して…』
「ぉ、落ち着いて…」
玄関に入り、リビングを通り抜け自分の部屋に逃げ込んだ。そこでやっとバン君を解放し、自身は彼に向かって土下座した。
「顔、上げて」
『無理、上げれない』
「ナノハ」
『無理なの…』
だって今すごく赤いと思うから。
見られたくないこんな顔。
バン君が腰を下ろす音がした。
私の頭を撫でながらもう一度優しく名を呼ぶ。その声にゆっくりと顔を上げることができた。
『ごめんね、バン君』
「何が?」
『人前で変なこと言って』
撫でられることに心地よさを感じ、思っていることを口にしたら、撫でていた手が後ろに行き、バン君に抱き寄せられた。
背中をポンポンと叩かれたことを合図に私も彼の背中に手を回す。
「別に嫌じゃなかったから」
『…ほんと?』
「嘘言ってどうするの」
彼は私の肩に顔を埋め、首筋を舐めた。くすぐったくて身を捩るがより一層強く抱きしめられる。
『〜〜っ、ば、ん君』
「…俺がナノハのものってことはさ」
次に耳を甘噛みされ『ひゃあ』とらしくない声が上がったので恥ずかしさで彼にしがみついた。
「ナノハは俺のものってこと?」
その時私は彼にしがみついていたので彼がどんな顔をしていたのか分からない。だから私は自分の思ったことをそのまま口にしたのだ。
『…ん、そうだと嬉しい』
「……そっ、か…」
彼はもう一度私の肩に顔を埋めて深く息を吐いたと共に「…そっかぁ……」と確かめるように消え入りそうな声で呟いた。
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もう爆発しろ。
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